新型コロナウイルス蔓延以降、急速に需要を伸ばしているのが、主に医療・飲食・ホテルなどの現場で使われている「サービスロボット」です。サービスロボットは、主に工場で稼働し、自動車・建設機械・電気機器の溶接・塗装・組立などを担う産業用ロボットと並んで、ロボット市場を構成する分野の一つです。
こちらの資料には、新型コロナウイルス発生によってサービスロボット需要が急拡大した一例として医療現場が挙げられています。医療現場では、従来から手術ロボットなどのニーズはあったものの、急増する患者に対応する人員の不足、高まる非接触ニーズを受けて、現在は受付ロボット・運搬ロボットなどのサービスロボットが特に必要とされているようです。
そして、同じようなことが、飲食分野でも起きています。Bloombergのレポートによると、飲食業界では、配膳ロボットの導入が急速に進んでいるそうです。ソフトバンクロボティクス執行役員のコメントには、2021年が「配膳ロボット元年」である、という表現もあります。
そこで今回は、配膳ロボット市場でいまどんな変化が起きているのか調査してみたいと思います。視点としては主に3つあり、プレイヤー、政策的・歴史的背景、今後の動きです。
まず、配膳ロボット市場にはどんなプレイヤーがいるのか。少し調べてみると、日本・中国・韓国では、数社のロボットメーカーが市場を独占する状態になっています。どんなメーカーかご紹介します。
また、そういったプレイヤーの多寡・偏りには、各国のロボット政策・歴史的背景が関連しているようです。各国のロボットに対する注力はここ1〜2年で始まったようなものではなく、2010年代から長い時間軸で戦略策定されてきたからです。
そして、現在起きている配膳ロボットの盛り上がりが不可逆なものか、未来はどうなるのか、考えていきたいと思います。
(Source: https://pixabay.com/vectors/robot-robotic-technology-software-2027195/)
配膳ロボット市場について
配膳ロボットとは
配膳ロボットとは、商品を乗せて自動で目的のテーブルまで届けるロボットです。飲食業界に限らず、医療・介護の現場でも、配膳ロボットは稼働していますが、わかりやすくするために、今回は飲食業界で動く配膳ロボットを前提に執筆します。
以下の動画をご覧いただくと、イメージが湧きやすいかもしれません。
(Source: https://www.youtube.com/watch?v=-czVsiYTbcc)
配膳ロボットのような「移動型ロボット」の走行方式は、大きく4世代に分かれます。登場した世代が古い順に、磁気誘導方式、マーカー方式、レーザー反射方式、SLAM方式です。磁気誘導方式は、床に貼られた磁気テープをセンサーが読み取って走行します。マーカー方式は、走行ルートに一定間隔で貼ってあるマーカーをロボット搭載カメラが認識することで、自己位置を推定しながら走行します。マーカーの位置は床や天井などさまざまです。次に、レーザー反射方式は、周辺に取り付けた反射板にレーザーを照射し、その反射をキャッチすることで自己位置を推定しながら走行する方式です。そして最後に、SLAMはSimultaneous Localization and Mappingの略で、カメラやレーザーを使った自己位置推定と地図作成を同時実行しながら走行します。SLAMはこの中で唯一、環境に目印や反射板となる誘導物を設置する必要がない方式になります。それぞれの詳しい説明は、こちらをご参照ください。
市場に流通している移動型ロボットのうち、どの走行方式のロボットがどれくらいの比率を占めているのか正確なところはわかりませんが、こちらの論文には、2017年時点で工場・倉庫内の移動型ロボットの主流は磁気誘導で、徐々にマーカー読み取り走行が流行し始めている、と書かれています。
用途や環境によってどの走行方式が最も有効かは変わってくるため、一概にどれが優れていると断定することはできません。のちほど、日本・中国・韓国でユーザーを伸ばしている配膳ロボットの走行方式についても言及します。
日本・中国・韓国の配膳ロボット市場動向
日本の配膳ロボットの市場規模は2021年度に5~10億円程度(ご参照)でまだ小さい市場規模ですが、これから成長するポテンシャルを秘めていると思います。富士経済によると、国内の2020年度外食産業市場規模は2019年度から16.5%減でも28.6兆円あり、巨大マーケットです。また、完全にではないかもしれませんが、コロナウイルス収束に応じて、落ち込んだ分の需要はまた回復していくと思われます。
そんな中、配膳ロボットは、焼肉・ファミレスなどのチェーン店を中心に導入が進んでいます。例えば、「焼肉の和民」「焼肉きんぐ」「幸楽苑」「大戸屋」「デニーズ」など。ファミレスだけでなく、居酒屋チェーンの導入を紹介する記事もあります。どうやら見ていくと、先んじて導入が進んでいるのは、繰り返し配膳する必要性のある「小ロット×多注文」の領域です。例えば、焼肉食べ放題はその典型に思えます。例えば、顧客はそれほど量が多くない肉皿(タン・カルビ・ハラミなど)を、一定間隔で次々と注文します。そのように考えると居酒屋チェーンのオペレーションもイメージが湧きます。先ほどの居酒屋チェーンでは3,000円食べ飲み放題が行われており、つまみやドリンクなど、やはり「小ロット×多注文」があるように思います。逆に、定食・ラーメン・パスタなど、何度も注文しないようなメニューが中心の店舗は、それほどロボット導入インセンティブが高くないのではないかと思ったのですが、そういった店舗でも導入が進んでいるため、ここはもう少し深堀りが必要です。店舗面積、元々の人員構成、ピーク時間帯など、複数要素が関係していそうです。
そういった形態の飲食店でニーズがあると言っても、どれくらいの市場規模に成長する可能性があるのか、という点が気になります。焼肉店を例に考えてみたいと思います。まず、日本には焼肉店が約2万軒あり、市場規模は1.2兆円ほどあると言われています。その中で、ロボットが動き回ると仮定されるチェーン店は、市場の半分を占める約6,000億円。売上高に占める人件費の比率を20%とすると、そういった焼肉チェーン店の人件費が約1,200億円と考えられます。その中には、調理やレジなど、配膳以外の人員も含まれるため、1,200億円全てが市場規模になるわけではありませんが、それでも焼肉だけでこのサイズです。ファミレスや居酒屋なども入れると、配膳ロボットの市場規模は小さくなさそうです。
こちらの記事によると、中国の配膳ロボット市場は、2019年に約35億円だったところから2020年190億円に急成長し、2021年には240億円まで伸びる予測が立てられています。NEDOの中国ロボット市場に関する資料を参考にすると、配膳ロボットが含まれるサービスロボット市場は、産業用ロボット・ロボット産業全体の成長率を上回るペースで成長中です。日本の時のような市場規試算は行いませんが、中国にはより広大な配膳ロボット市場が存在すると考えられます。
同じように、韓国の配膳ロボット市場も拡大中です。大手外食チェーンや未来型レストランが、続々と配膳ロボットの導入を進めています。販売代理店には、「配達の民族」というフードデリバリー事業を展開する「優雅な兄弟たち」(Woowa Brothers)やVD Companyといった韓国ローカルの会社が有名ですが、こういった企業が扱っているのは、日・中・韓で共通するトップシェアロボットメーカーのプロダクトです。次の章で、それらの企業とロボットをご紹介します。
プレイヤー
まず、日・中・韓の三ヶ国で圧倒的な存在感を見せているのが、Keenon Robotics、Pudu Robotics、Bear Roboticsの3社です。Keenon RoboticsとPudu Roboticsが中国発、Bear Roboticsがアメリカ発の韓国系スタートアップです。
まず日本市場ではこの3社がトップ3に入っており、その他にはアルファックス・フード・システム 、Pangolin Robot などもあります。アルファクス・フード・システムは山口県に本社を構える日本の飲食店向けシステムを提供する会社です。また、まだ量産品として市場に流通していないようですが、日本にはスマイルロボティクスという2019年創業のスタートアップがあり、Google出身のエンジニアが配膳ロボットを開発しています。
日本で特に人気なのが、Keenon RoboticsのPEANUT(ピーナッツ)と、Bear RoboticsのServi(サービィ)です。恐らく、現時点の出荷台数では、PEANUTが1位、Serviが2位と思われます。PEANUTは日本システムプロジェクト(JSP)、Serviはソフトバンクロボティクスが販売代理店となっています(ソフトバンクは2020年のシリーズAラウンドでリードインベスターとして、Serviを開発するBear Roboticsに出資)。
簡単に2つのロボットのスペック・価格を比較してみます。どちらもSLAM方式を採用しています。SLAM方式を使うと、ロボット間の協調動作が可能になるため、大きな店舗では、複数のロボットを同時に走行させても、ぶつかりそうになると避けながら運搬してくれます。
(Source: https://servingrobot-ranking.com/を参考に筆者作成)
中国でもっとも普及しているのは、日本市場でもトップシェアを持つKeenon Roboticsと、Pudu Roboticsのロボットです。Pudu Roboticsの主力ロボットBellaBotは、ホームページから価格がわかりませんでしたが、アリババのECサイトに、執筆時点(2021年8月)では16,000ドル(≒180万円)で販売されています。ご紹介したPEANUTの販売価格250万円は卸売価格のため、BellaBotの180万円という価格は、およそPEANUTと近しいのかもしれません。いずれの会社も、レンタルで提供するパターンが多くなっているようです。
韓国市場は、これらに加え、大手のHyundai Roboticsが参入しています。Hyundaiは、2020年12月にソフトバンク傘下のBoston Dynamicsを評価額11億ドル(≒1,200億円)で買収し、2021年に入って次々とサービスロボットの開発を進めています。そのうちの1つが、配膳ロボットです。
今まさに盛り上がり始めている配膳ロボット市場(およびサービスロボット市場)ですが、日本や韓国でメジャーなプレイヤーが少ない理由には、そもそもの市場ニーズの大きさだけでなく、各国のロボット政策も関係しているように思いました。細かく見ていくと長くなってしまいそうなので、要点のみ次の章で見ていきます。
日本・中国・韓国のロボット政策
日本
日本のロボット政策にとって重要な年となったのが2015年です。政府は、2015~2020年までの5年間でロボット革命を実現するため「ロボット新戦略」を掲げ、その推進母体として「ロボット革命イニシアティブ協議会」を設立。官民で総額1,000億円のロボット関連プロジェクト投資を決めました。
ロボット戦略の中で、サービスロボットの重要性も指摘はされていますが、どちらかというと産業用ロボットで勝負しよう、というニュアンスが伝わってきます。サービスロボットは、特に注力された医療・介護分野に注目が集まり、今回のテーマである配膳ロボットはあまりピックアップされていません。
ちなみに少し本記事の趣旨とずれますが、ロボット戦略の中で産業ロボットに関して強調されているポイントが、ロボット・システムインテグレーター(ロボットSIer)の重要性です。2017年の産業用ロボット販売数は世界で38万台でしたが、そのうち約6割が日本製。従来より日本企業(例えばファナック、安川電機など)が世界に対して競合優位性を持つ産業用ロボットを活かすためには、メーカーとユーザーの間に入り込むロボットSIが重要であると認識を新たにし、2020年までにロボットSIerを3万人まで増やす目標を立てています。その具体的な施策として、2018年にFA・ロボットSI協会が設立されました。ロボットSIerは、サービスロボット分野でも重要な役割を果たすはずで、ロボットメーカーが対応しきれない部分を、必要とする現場にフィットするようカスタマイズし、保守・運用を行ってくれます。
中国
NEDOの資料には、中国のロボットをめぐる国家政策・民間の動きについて詳しく書かれています。日本がロボット戦略を打ち出した2015年は、実は中国にとってもロボット活用に向けたスタートダッシュの年でした。2025年までの10ヶ年(日本より5年長い)で「産業用ロボット」「サービスロボット」の市場拡大を目指し、(その時の中国の技術レベルを勘案すると)レベルアップが必要な要素技術として、ロボット本体、減速機・サーボモーター・制御装置・センサー等の主要部品を指定しています。
その結果、2015〜2017年ごろは、ユーザーに対する政府の購入補助金制度や投資資金流入によって、ロボットメーカーが増加しましたが、自社開発のロボットメーカーは1割、残りの9割は販売代理店やSIerで、技術の低い小規模メーカーが乱立してしまったそうです。
この時に市場に流入した投資資金を用いて、海外ロボットメーカーの買収を積極的に行ったのが一つの転換点となったようです。産業ロボットメーカーの南京埃斯頓自動化によるトリオモーションテクノロジー(イギリス)買収、家電大手の美的集団による世界最大手の一角クーカ(ドイツ)買収は、その代表例です。
海外の技術も取り入れつつ、中国は徐々にレベルアップし、自社開発で世界レベルのロボットメーカーが育ってきました。Keenon RoboticsやPudu Roboticsは、完全自律走行を行っており、技術的にも相当レベルが高い製品になっています。現在中国ロボット市場の1/3がサービスロボットになっており、ロボット市場の成長を牽引しています。
韓国
韓国は、ロボット導入がいち早く進んだ「ロボット先進国」です。伝統的にサムスン電子、LG電子など電子機器産業が強く、2012年の産業用ロボットの出荷台数1万8,000台のうち、約7割が電子機器・電気機器分野(約1万2,000台)となっています。
従業員数1万人あたりの産業用ロボット導入台数を「導入密度」として産業ロボット普及の指標にしていますが、2017年で韓国は1位(韓国710は日本322の2.3倍)。2019年も韓国は相変わらず1位(韓国855に対して日本364)です。以下の図は、2017年度の導入密度が高い順に並べたものです。
(Source: https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/robot_shakaihenkaku/pdf/20190724_report_01.pdf)
一方で、韓国のロボット産業の特徴は、高い導入密度に反比例するような技術レベルの低さに対する辛辣な批判です。例えば、こちらの記事によれば、ロボットの数は多いものの、単純運搬・組立ロボットがほとんどを占め、精密センサーで人間と協調的な動きのできるロボットはわずかであると指摘されています(2018年の産業ロボット生産4万台のうち、わずか500台程度。1.3%に満たない)。その背景としていくつか挙げられていますが、1つがR&D投資が進んでいないという指摘。ロボットメーカー約2,200社のうち97%が中小ロボットメーカーであることや、R&Dを進められる博士レベルの人材が極めて少ない(2万9,000人いるロボット産業従事者のうち、500名弱しかいない)ことが挙げられています。また、政治的ないざこざもあるそうです。韓国のロボットR&Dを統括するのは産業通商資源部ですが、AIなどの頭脳、センサー・モーターなど基幹部品は科学技術情報通信部の統括範囲。ロボット高度化が進む中で、両者がうまく協力できず、国全体として目指すべきマスタープランが描けていない、と指摘されています。
そう考えると、配膳ロボットの韓国市場で台頭し始めているBear Roboticsが韓国出身のCEOであるもののシリコンバレー発であることや、Boston Dynamicsの買収以降、急速にHyundai Roboticsのサービスロボット開発が進んでいることも、韓国のロボット産業に関する歴史的経緯に関係しているのかもしれません。
配膳ロボットの流れは不可逆?
この問いは意見が分かれるところだと思いますが、いくつかのレポートを見ると、これまで飲食店におけるロボット活用にそれほど積極的でなかった方々が、コロナウイルスによって不可避的にロボットを使ったところ、思いのほかうまくワークすることに気がつき、一気に導入が進んでいる、という意見が多いように感じます。
こういった心理的なハードルは、見過ごすことのできない大きな要因の一つだと思います。もちろん、高級飲食店のような、人間による丁寧なサービスが求められるところでは、これからも人間中心の配膳となるかもしれませんが、チェーン店を中心にオペレーション効率が追求されるところでは、不可逆的に導入が進んでいくような気がします。
冒頭でもご紹介したソフトバンクロボティクス執行役員は、2021年を「配膳ロボット元年」としており、数千億円規模の事業に育てていきたい、とコメントしています。なかなかコロナウイルスの収束が見えないいま、従業員の確保も難しく、顧客も非接触を求める中で、まだまだ伸びていきそうなマーケットであると考えられます。
スタートアップがこういったマーケットに入り込んでいく視点としては、精度の高いロボット自体の開発も重要かもしれませんが、レンタル、メンテナンス、中古ロボット売買などの周辺領域開拓も効果的と思われます。あるいは、ロボットでフルオペレーションを回す店舗を「箱」として提供し、調理だけすればいい、という形で顧客を呼び込む、Restaurant as a Serviceみたいな形態もでてくるかもしれません。
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