今回は、Y Combinator Summer 2023(S23) Batchに採択されたスタートアップの中で、Generative AIをB2Bのサプライヤー管理に活用しようとしている2社をご紹介していきたいと思います。
(Source: https://pixabay.com/ja/illustrations/マハラシュトラ-入札-電子入札-8029548/)
B2B×AIのトレンド
S23 Batchに採択された企業は全部で218社あり、その中から「B2B」でフィルタリングすると153社、さらにその中から「AI」でフィルタリングすると56社となります。もちろんAIは、Generative AIに限りませんが、トレンドになっていることもあってか、多くのAIスタートアップがGenerative AIを扱っているように見えます。
W22(Winter 2022) Batchで同じように企業数を調べてみると、採択企業全体で271社、「B2B」で189社、その中の「AI」が26社となっており、明らかにS23 Batchの方が、B2BにおけるAI活用にチャンスを見出している企業が多くなっています。
また、S23 Batchの56社、W22 Batchの26社の事業テーマを個別に見ていくと、同じ「B2B×AI」でも、S23 Batchの方が、プロダクトが利用される具体的な業務シーンが思い浮かびやすい印象を受けました。W22は、比較的汎用性の高い分析ツールやワークフロー管理ツールが多く見られましたが、S23は、それだけでなく、企業内イベントのプランニング、法的デューディリジェンス、衛星画像分析、チップ設計、カスタマーサーベイ、打ち合わせのフォローアップ、契約交渉等、よりフォーカスした事業アイディアが目を引きました。
その中でも、今回は、IDATEN Venturesが支える「ものづくり・ものはこび」領域に比較的関連が深そうな、ProdTraceとaskLioという企業に注目してみました。
両社をあえて1つのカテゴリーで表現するならば、「AI-Driven Supplier Management」がふさわしいかもしれません。いずれも、メールやメッセンジャー等のコミュニケーションツールにLLMを組み合わせ、サプライヤー管理に必要なデータを自動的に収集する、というアイディアが通底しています。これだけだと少しわかりづらいので、具体的に各社のプロダクトを見ていきましょう。
ProdTrace
ProdTraceは2023年アメリカのサンフランシスコで設立されたスタートアップです。創業者のSaelig Khattar氏、Jana Mithrakumar氏はいずれもGoogle出身のソフトウェアエンジニアです。
同社のプロダクトコンセプトを1枚のイメージ図で表すと、以下のようになります。
(Source: https://www.prodtrace.com/)
まず左側を見ると、ProdTraceには、BOM(Bills of Material、部品表)と、サプライヤーとのコミュニケーションがつながっています。
少し画質が荒いですが、どのようなコミュニケーションが行われているか見てみると、「Request for Quote(見積り依頼)」というタイトルで送った自社のメールに対して、サプライヤーから、「Thank you for considering us for your project and providing us with the opportunity to submit a quote(プロジェクトについてのご検討と見積もりを提出する機会をいただき、ありがとうございます)」と書かれています。どうやら、サプライヤー開拓をしており、見積書をもらおうとしているようです。
また、もう1つのメールのタイトルは「Update to Bill of Materials - Item Change(BOMの更新 -部品の変更)」と書かれており、どうやら、BOMがアップデートされたので、サプライヤーに内容を確認してほしい、という目的で送られたメールのようです。
次に、右側をみると、ProdTraceが提供する3つの機能が紹介されています。
【サプライヤースコアリング】
コミュニケーションの中から、サプライヤーをスコアリングする機能です。以下の図をご覧いただくと、よりイメージが湧きやすいかと思います。
(Source: https://www.prodtrace.com/)
平均的な返信の速度、不良バッチの数(製品や材料の中で品質が不十分なバッチの数)、平均納品遅れ日数に関する情報が、コミュニケーションツールのやりとりの中から自動的に収集され、スコアリングが行われます。
これは、LLMをテキスト生成ではなく、テキスト抽出および構造化に利用するというアイディアです。
【AIアシストコミュニケーション】
こちらは、サプライヤーとのやりとりを、LLMがアシストしてくれる機能です。
(Source: https://www.prodtrace.com/)
例えば、BOMに変更が加わった際、自動的に該当サプライヤーに対して、関連資料を添付したメッセージのドラフトを作成します。逆に、(こちらは書かれていませんが)メッセージの内容から、BOMの変更提案を起案するようなこともできるはずです。
このフローは、Zapierのような、何かをトリガーにしてアクションを起こすiPaaSによく似ています。BOMに変更が加えられたら、メッセージツールを起動し、関連資料の添付、メッセージ生成というアクションを起こすイメージです。
私は、このサービスにおいてLLMが特に価値を発揮しているのは、トリガーの柔軟性を向上させている点だと思います。ワークフローを安定させるためには、通常は固定的なトリガーを設ける必要があります。例えば、ユーザーがこのボタンを押した、ファイルが新しくフォルダに追加された、等の固定的なトリガーです。
では、(トリガー:メールの中身に「見積もり依頼」という単語が含まれたら)、(アクション:見積もり依頼書を添付する)、というワークフローを考えた時、メールに「見積もり依頼」という単語の代わりに「見積もりの依頼」や「RFQ」が用いられていたらどうでしょうか?この場合、恐らくトリガーは発動されません。LLMを経由させることによって、表現の揺れを変換したり、曖昧なメッセージからトリガーとなる真意を見つけたりすることができるようになります。
ProdTraceがサポートするのは、複雑なサプライヤーマネジメント業務です。サプライヤーマネジメント部門のスタッフは、毎日のように取引先(候補)から送られるメッセージを読み取り、必要に応じて社内に共有・指示していく必要があります。こういった業務は、社内で完結していれば専用ツール導入やオペレーション整備によって効率化することができますが、社外の方にもそのやり方を強制する、というのは大きな説明コストがかかります。LLMの活用によって、社内と社外をシームレスにつなげることができる、という点で新たな可能性を感じるユースケースです。
askLio
askLioは、ProdTraceと同じく、2023年にサンフランシスコで設立されたスタートアップです。本社はサンフランシスコですが、共同創業者3名の出自を見ると、メンバーはみなドイツ出身のようです。
askLioは大企業の購買担当者をターゲットとしたプロダクトです。ホームページの一番上には、「Automate free-text requests with ChatGPT」と書かれており、ProdTraceと同じように、LLMをフリーテキストの解析に利用しています。
askLioが解決しようとしている業務シーンは次のようなものです。
大企業の購買担当者には、各社員から「こんな機能の部品を購入したい」「こんなサービスを利用したい」というリクエストが次々と寄せられます。このやりとりは、多くの場合、Microsoft Teamsのようなコミュニケーションツール上で行われます。
購買担当者は、リクエストを正確に理解するためにいくつかの質問を投げかけ、具体的な製品イメージ・機能・価格水準等を把握していきます。
そして、既に取引のあるベンダーから調達するか、新たな取引先を開拓するか判断します。新たな取引先から調達する場合は、取引先として必要な要件を満たしているか、デューディリジェンスを行います。
おおよその取引先候補が決まったら、見積もり依頼書を作成し、見積書を入手して、横並び比較を行います。
上記の購買プロセスを可能な限り自動化しようとしているのがaskLioです。Microsoft TeamsにaskLioのBotを招待すると、 各社員からのリクエストに対する深掘り質問をBotが自動で行います。そして、社員が求める要件が分かると、askLioが自動的に、マッチしそうな既存ベンダーのカタログと取引契約書をリストアップします。そのままベンダーを選択して、「このベンダーはXXXという製品を提供していますか?いくらくらいですか?」と質問すると、カタログや取引契約書の内容に基づいて、Botが案内をしてくれます。askLioのBotはそのままの流れで、既存ベンダーに提出する見積もり依頼書の作成もやってくれます。
(Source: https://www.ycombinator.com/launches/J5p-asklio-ai-copilot-for-procurement-teams)
このサービスがProdTraceと似ているのは、askLioのBotが社員との非定型的なやりとりを通じて、必要な情報を抽出している、という点です。
また、そういった使い方の工夫に加えて、カタログや取引契約書を選択すると内容に関するQ&Aチャットができるという意味では、RAG(Retrieval Augmented Generation、外部の知識ベースから事実を検索してLLMに回答を生成させるというAIフレームワーク)が利用されているようです。
企業においては、「少数のスタッフから構成される特定部門」と「ほぼ全社員」でコミュニケーションが行われる構図がいくつか存在し、大企業だとその人数ギャップが特に顕著になります。
例えば、総務部はイメージが湧きやすいかと思います。何百人〜何万人という社員から福利厚生や社内規定に関する質問を受け、必要に応じてヒアリングや、書類作成サポート等を行っています。あるいは、法務部門も該当するかもしれません。各事業部が新たな取引を始めるにあたって、コンプライアンスチェックや契約書レビューを行います。askLioがターゲットとする購買部門はもちろん、システム部門も社員とのコミュニケーションに高い負荷を感じている可能性があります。
こういったトレンドを考慮すると、今後ますます、特定部門の業務に深く入り込み、社内外とのコミュニケーションおよび関連ワークフローの効率化を進めるLLMソリューションが登場するような気がします。特に、社員数が多い業界(ものづくり・ものはこびを行う企業は現場を抱え、その分、社員数も多い傾向にあります)は効果を実感しやすく、導入がスピーディに進んでいくかもしれません。
IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について
フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。
お問い合わせは、こちらからお願いします。
今回の記事のようなIDATENブログの更新をタイムリーにお知りになりたい場合は、下記フォームからぜひ IDATEN Letters に登録をいただければ幸いです。
Comments