今回は、Treeferaというスタートアップを参考に、AIを活用した森林モニタリング市場について調べていきたいと思います。
なお、為替レートは2024年12月12日時点のものを採用しています。
(Source: https://pixabay.com/photos/forest-fog-nature-trees-outdoors-6862143/)
Treeferaとは?
Treeferaは2022年8月にイギリスで設立された企業で、2023年9月に220万ドル(≒3億円)、2024年4月に1,200万ドル(≒18億円)を調達しています。同社は、森林を中心とする自然資産をリアルタイムで正確にモニタリングし、そのモニタリングデータを顧客に提供しています。シリーズAラウンド実施時のプレスリリースによると、同社は国際的な管轄区域と500箇所以上の森林改善プロジェクト実施域の森林をカバーしています。
Treeferaにとって、森林の状況をリアルタイムに把握したい顧客の一例は、カーボンクレジットの売り手と買い手です。なお、カーボンクレジットについては、のちほどもう少し詳細にご説明します。売り手は、適格カーボンクレジットの創出要件を満たすために、プロジェクトを通じて想定通り森林が改善しているのか把握する必要があります。買い手は質の低いプロジェクトから創出されたカーボンクレジットを購入してしまうリスクを低減するため、森林の状況を把握する必要があります。
Treeferaは、主に衛星・ドローンが撮影した画像と「Ground Truthデータ」を組み合わせて、独自のデータソースをつくっています。Ground Truthデータとは、機械学習モデルをトレーニングする際に用いられる表現で、「本当の答え、現実世界での正しい情報」を意味します。今回の文脈では、「実際に地上レベルで観察した森林の状況」がGround Truthデータに該当します。衛星画像・ドローン画像のみからは、解像度の低さや樹木被覆の問題で、どうしても森林の状態を正確に知ることは難しいため、AIモデルを組み合わせることでより精度高く把握しよう、という発想です。
Treeferaは、自社で打ち上げた衛星が取得した画像ではなく、外部から取得した画像を利用しているようです。参考までに、NASA(アメリカ航空宇宙局)やESA(欧州宇宙機関)、あるいは、その他にも商業団体から提供される高精度衛星画像を利用していると発表されています。
ドローン画像の入手元は明確に公開されていませんが、カバーしている地域の広さを考えると、自社運用のドローン経由ではなく、外部ベンダーから入手していると思われます。ドローン画像は、衛星画像を補完する形で、特定エリアにおける高精度な画像情報として用いられます。例えば、ドローンを用いると、1本の樹木に対して、以下のように複数の角度から撮影することができますが、複数の角度から見ることで初めて、対象樹木の高さ・ボリュームが正確にわかってきます。
また、近距離から撮影することで、樹種の識別もできるようになります。ここでも、複数角度の画像があることで、立体的な樹木の形状が把握でき、樹種分類の精度が向上します。
ドローンにはカメラが搭載されることもあれば、LiDARセンサーが搭載されるケースもあります。LiDARセンサーは樹冠(樹木の上部で葉が茂っている部分)を透過して地表面の情報も取得できるため、下層植生や地形データを得ることができます。
森林モニタリングとカーボンクレジット
ここで、Treeferaが提供する森林モニタリングデータが、なぜカーボンクレジット品質の担保に役立つのかご説明します。
そもそもカーボンクレジットとは、どのような概念でしょうか。いろんな説明方法がありますが、政府が公表する「カーボン・クレジット・レポート」で採用されている定義は、以下のようになっています。
「ボイラーの更新や太陽光発電設備の導入、森林管理等のプロジェクトを対象に、そのプロジェクトが実施されなかった場合の排出量及び炭素吸収・炭素除去量(以下「排出量等」という。)の見通し(ベースライン排出量等)と実際の排出量等(プロジェクト排出量等)の差分について、MRV(測定・報告・検証)を経て、国や企業等の間で取引できるよう認証したものを指すこととする」
(Source: https://www.meti.go.jp/press/2022/06/20220628003/20220628003-f.pdf)
MRVはMeasurement, Reporting and Verificationの略で、カーボンクレジットは測定・報告・検証を通じて初めて効力のあるものとみなされるようになる、という意味合いになります。それらを含めて、カーボンクレジット品質を担保するためには、大きく6つの要件が存在すると言われています。
Real(実在すること):全ての排出削減・炭素吸収・炭素除去が実際に行われたことを証明する必要がある
Measurable(測定可能であること):全ての排出削減・炭素吸収・炭素除去は認められた測定ツールを使用して定量化されなければならない
Permanent(永続性があること):恒久的(基準は 100 年)な排出削減・炭素吸収・炭素除去でなければならない
Additional(追加性があること):そのプロジェクトが実施されなかった場合に発生したであろう排出削減・炭素吸収・炭素除去から、追加的なものでなければならない。
Independently verified(独立的に検証されること):排出削減・炭素吸収・炭素除去は独立した第三者によって検証されなければならない
Unique(二重カウントされていないこと):1 トンの排出削減・炭素吸収・炭素除去は 1 トン分のクレジットのみを生み出すべきであり、二重カウントされてはいけない
上記のような要件が存在するため、カーボンクレジットの発行体(カーボンクレジットプロジェクト実施主体)が自ら実在性・測定可能性・独立検証性を担保するのは難しく、Treeferaが提供するようなコンプライアンスデータが必要になります。
違う例で考えてみると、上場前の監査に近いかもしれません。例えば、ある企業が公開市場に株式上場を考えているとします。その際、通常は上場してもよいレベルに会社の体制が整っているか監査を受けます。例えば、予実差が一定の範囲内に収まっているか、きちんと労務管理を行っているか、就業規則が守られているか等、さまざまな観点でチェックされます。このプロセスにおいて、上場を考えている企業が自らチェックシートを作って「自分たちは上場する体制整備がされているので安心してください」と宣言しても、客観性に乏しく信頼するのは難しいと思います。
同じように、カーボンクレジットも売買される前に監査される必要があります。公開取引(公開市場で受給バランスによって価格が決まる)・相対取引(買い手と売り手が相対で売買条件を決める)どちらの場合でも、監査法人・売り手・買い手が信頼できる測定データに基づいて、カーボンクレジット創出プロセスが適切であるのか、認識を揃えなければいけません。
続々と登場するモニタリングソリューション
Treeferaと類似する競合企業はいくつかあります。例えば、アメリカのPlanet Labsという企業はその一例です。同社は2010年にNASAのエンジニアら3名によって、「衛星データへのアクセスを民主化する」というミッションとともに設立されました。同社は自ら衛星の設計・打上を行い、衛星データを企業向けに販売するビジネスで成長し、2021年にニューヨーク証券取引所にSPAC上場を果たしました。2024年4〜6月の四半期データでは、売上が約6,100万ドル(≒93億円)、利益は赤字の約3,900万ドル(≒60億円)となっています。
そのPlanet Labsは2024年9月に、森林モニタリングデータセットを公表しました。このデータ製品はForest Carbon Monitoringと名付けられており、衛星(Planet Labsが運用する約130期の衛星群)や飛行機が取得した画像およびLiDARデータにAIモデルを組み合わせ、3メートルレベルの高解像度で樹木の高さ・樹冠被覆率を推定します。一見、データソースを外部ベンダーに依存するTreeferaに対して、自社で衛星群を管理し衛星由来の画像・LiDARデータに対する高いアクセシビリティを持つPlanet Labsの方が有利に見えますが、実際どの程度両者のサービスに違いがあるのか、もう少し詳しく調査したいところです。なお、Planet Labsのデータセットは、BeZero Carbonというイギリスのカーボンクレジット格付け機関に採用されているそうです。
また、営利企業ではありませんが、CTreesという非営利団体も世界の森林をリアルタイムモニタリングしています。同社のアプローチも上記2社と似ており、衛星データにAIモデルを組み合わせ、森林の状況を推定しています。同団体はPlanet Labsが提供する衛星データを活用しており、衛星データにAIモデルをトレーニングする部分は自ら担っているようです。
研究機関もこうした取り組みを行っています。こちらのプレスリリースによれば、University of Cambridgeの研究者らは、地上レーザースキャン・ドローン・地上設置型センサーからデータを取得し、ヨーロッパ全土の森林状況をモニタリングしているそうです。この研究グループは非常に地道な作業を行っており、特定の区画にある5,000万個以上のデータを手動でラベル付けし(例えば「この画像のこの部分はこの樹種の葉」のように)、個々の樹木の葉と木を自動分類できるAIモデルを構築しています。
Meta(旧Facebook)もこの領域でサービスを提供しています。同社は、Planet Labsの3メートルよりもさらに高精細な1メートル解像度で樹冠の高さを示す森林世界地図をオープンソースで公開しました。同社は、Meta ResearchのAIチームが開発したDiNOv2という手法を用いて、1,800万枚の衛星画像でトレーニングしたAIモデルを使っており、非常に高精細な推定を可能にしているようです。
こうして調べてみると、2024年に入ってから各企業・各研究機関が続々と類似ソリューションを発表しています。各ソリューションの名称は微妙に異なるものの、だいたいが「AI-powered/enabled Forest Monitoring」という名前でカテゴライズされています。
今回はカーボンクレジットという文脈で森林モニタリングの重要性をご紹介しましたが、森林モニタリングは生物多様性の観点からも大きな意味を持つため、今後数年にわたって市場が急成長していく可能性があります。
一方、スタートアップが参入する市場という観点で考えた場合、独自データを収集するためには衛星・航空機・ドローン・地上センサー等に投資する資金が必要であること、そういったデータ収集チャネルを保有する企業以外は外部ベンダーから情報収集したデータでAIモデルをトレーニングするというアプローチから大きく外れることはないことを考慮すると、どのように差別化していくのか難しいところです。いずれにしても、衛星画像やAIの活用方法として興味深く、社会的にも意義のある取り組みであり、今後もウォッチしていきたいと思います。
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