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Writer's pictureShingo Sakamoto

GVA TECHの上場目論見書を読み解く

今回は、12月26日に東京グロース市場に上場したGVA TECH(ジーヴァテック)の上場目論見書を読み解いていきたいと思います。


調査のモチベーションとしては、専門性の高い領域におけるAI機能搭載サービスのあり方を考える参考になると思ったためです。

(Source: ChatGPTで筆者が生成)


GVA TECHについて

GVA TECHは2017年1月に山本氏によって設立された株式会社です。顧客ターゲットを「法務組織がない中小企業・小規模事業者」と「法務組織がある大企業・中堅企業」に分けており、前者には登記業務支援サービス、後者には法務業務のSaaS群を提供しています。SaaS群は「OLGA」というブランドで展開されています。このOLGAという名称は「Open Legal」が由来となっており、これは同社の「法とすべての活動の垣根をなくす」という企業パーパスに基づいているそうです。



GVA TECHの特徴の1つは、創業者の山本氏が2012年にGVA法律事務所という法律事務所を立ち上げ、弁護士としてスタートアップを中心に顧問サービスを提供してきた点にあります。


OLGAの中核となる契約書チェックSaaSは、GVA TECH設立1年後の2018年にリリースされた「AI-CON」という秘密保持契約書チェックサービスが母体となっていますが、これは創業者自身がスタートアップの顧問弁護士を務める中で自ら発見した課題を解決するソリューションです。こちらの記事によると、山本氏が独立した2012年時点で、主要なクライアントがスタートアップである弁護士はそれほど多くなかった、と書かれています。


GVA法律事務所の設立から5年経過した2017年、GVA TECHが新設されますが、この背景には、クライアントであるスタートアップの増加に対して所属弁護士のサービス供給が追いつかなくなってきたという事情がありました。当時進化が著しかったAI技術に目をつけ、まずは秘密保持契約書のリスク箇所をサジェストするソフトウェアをリリースして、GVA TECHのスタートアップとして挑戦がスタートします。


サービス内容について

この章では、GVA TECHが提供するサービスの概要と歴史をご紹介します。


まず、設立の1年3ヶ月後である2018年4月にリリースされたのが秘密保持契約書チェックサービス「AI-CON」です。その後、2019年に登記申請書類を簡単に作成できる「AI-CON登記」というサービスをリリースします。どちらのサービスも、法務に詳しいメンバーがいない(ことの方が多い)スタートアップを対象としたサービスです。


2019年に新たな動きがあります。それが、スタートアップだけでなく、大手企業向けのサービス提供開始です。それまでのAI-CONのターゲットはどちらかというとスタートアップをはじめとする中小企業であり、「取り返しがつかなくならないよう標準的な契約書を結んでおきたい」というニーズに応えるために、自身の弁護士としての知見を詰め込んで「GVA TECH(≒GVA法律事務所)として推奨する基準に則って」契約書がレビューできるサービスになっていました。ところが、実際にAI-CONの営業を進めていくと、大手企業のニーズも強いことがわかりました。ただ、大手企業のニーズはスタートアップと少し異なり、「自社で設定する基準に則って」契約書をレビューしたい、というものでした。そこで、自社の雛形となる契約書を設定し、そこで定義された基準に則って契約書のレビューを行うことができるサービスとして「AI-CON PRO」をリリースします。


レビュー基準だけでなく、ユーザーが実際に操作するツールとしての形態も両者は異なります。AI-CONは、基本的にSaaS上で契約書をアップロードすると条文ごとに「有利・中立・不利」と分類し、修正案をサジェストしてくれます。そして、ユーザーはその修正をWordやGoogle Docs上で自ら反映します。


一方AI-CON PROは、Microsoft Wordの拡張機能として提供されています。ユーザーはMicrosoftのストアからプラグインをインストールすることで利用することができます。


そして、雛形となる自社のモデル契約書をクラウド上にアップロードすると、プラグインツールもそれに合わせてレビューしてくれるようになります。この際、雛形以外は受け付けない、雛形にない条項は〜のように修正案を提示する、等の細かいところまでレビュールールを決めることができるようになっている点が特徴です。



上記の違いを改めて整理してみました。

  • AI-CON

    • ターゲット:主にスタートアップ

    • レビュー基準:GVA TECHが推奨する基準

    • ツール形態:SaaS


  • AI-CON PRO

    • ターゲット:主に大手企業

    • レビュー基準:自社基準

    • ツール形態:Microsoft Word プラグイン


2020年、2021年にはこれまでのサービス名称を次のように変更しました。

  • AI-CON → GVA NDAチェック

  • AI-CON登記 → GVA法人登記

  • AI-CON Pro → GVA assist


認知が広まってきたであろうタイミングでサービス名称を変更するというのは、スタートアップにとって大きな意思決定です。意思決定の背景として、代表自身のブログには「AI-CONの読み方がわからないという顧客の声が多かった」と書かれています。もちろんそれもあると思いますが、もしかしたらそれ以外にもあるかもしれないと個人的に思ったのは、サービス名称に「AI」が含まれていることの不都合性です。AIは便利ですし、時に人間以上に有益なヒントをくれますが、いざ「AIサービスです」と言われると、特に信頼性という観点で疑いの念が生じる場合があります。AIサービスという響きは「話題づくり」には効果的ですが、顧客にとっての「プレミアム感」「温かみ」の観点ではあまり好ましくなかったのかも?しれません。(これは、特にどこにも書かれておらず、個人的な推察です)


次に新しいサービスが登場するのは2023年です。主に大手企業をターゲットとする「GVA manage」というサービスです。このサービスは法務部が行う業務全般をオールインワンでカバーするサービスで、契約書レビューだけでなく、覚書・見積書等の関連資料保存、法律相談チャットボット、事業部・弁護士・法務部内のやりとりを全て包含したソフトになっています。


抽象度が高く少し理解が難しいサービスですが、私のイメージは「法務関連データに特化したGoogle Drive」のようなものです。この「ストレージ(データベース)」にデータが入っていれば、生成AIを活用して自然言語で情報を取り出すことも、さまざまな条件でフィルタリング・検索を行うこともできます。実際、GVA manageのサービスページ冒頭には、「GVA manageは、生成AIを活用しやすくするために、法務案件の受付段階から法務データ(契約書のバージョン、コメント、参考資料など)を構造的に整備します。」と書かれています。


このシステムは、営業で言えばSalesforceに近いかもしれません。これは、ある意味データベースにUI画面をつけただけのシステムとも言えますが、法律というテーマの特性上、格納されるデータが数値・単語・長文までデータの種類が幅広く、データスキーマの管理が複雑になりそうです。


この基盤のうえで機能する1つのワークフローツールとしてリリースされたのが、2024年3月にリリースされた「GVA 契約書管理」です。これは、締結済みの契約書をアップロードすると、生成AIが自動で項目を抜き出して契約書管理台帳を生成してくれるツールです(例えば、契約書の種類、契約相手、契約開始/終了日等)。すると、GVA manage上で、契約書同士の関連付け、更新が必要な契約署の閲覧ができるようになります。法務部員としては、これまで契約書を締結するごとに、エクセルファイルに情報を転記し、(後から検索できるように)契約書のファイル名をわかりやすく設定し、フォルダ別に分けて保存していた業務フローが、アップロードするだけで済むことになります。


2024年11月には、別々のサービスとして見えていたGVA manage、GVA assist、GVA 契約書管理を「OLGA」というサービスに統合され、現在に至ります。


業績の推移

プロダクトリリースの歴史を踏まえ、業績の推移を見ていきます。


売上高として開示されているのは設立3期目の2019年12月期からです。2019年12月期〜2021年12月期までは約2倍のペースで成長し、そこから2023年12月期にかけては約1.6倍のペースで売上が伸びています。直近は2024年12月期の第3四半期まで開示されており、売上高が約8億円なので、4/3倍すると約11億円程度の着地となりそうです。


1つ1つのサービスごとの売上高は明記されていませんが、大きく2つ「LegalTech SaaS事業」(実質的にOLGAの売上)と「登記事業」(登記業務支援事業)で分けて書かれています。2023年12月期・2024年12月期の情報が公開されていますが、どちらもおよそ半分ずつの売上となっています。


それぞれの事業で単価・契約社数が公開されているため、中身を分解してみます。


まず、Legal Tech SaaS事業の方からです。少し見方がややこしいのですが、まずサブスクリプション売上は四半期ごとに書かれています。例えば2022年12月期の第1四半期は4,600万円なので、1ヶ月あたりに直すと約1,600万円のMRR(月額継続収益)となります。このMRRを12倍したものがARRとなります。約1,600万円を顧客数256社で割ると6.2万円となりますが、これが顧客あたりの月額平均単価です。Legal Tech SaaSは主にエンタープライズ向けシステムですが、比較的リーズナブルな単価となっている印象です。ただ、顧客平均単価は年度が進むにつれてじりじり上がっており、2024年12月期の第3四半期は8.6万円まで増加しています。これは機能の追加によってアップセルが進んでいるのかもしれません。


次に登記事業です。以下の表で、売上と直接的に結びつくのは、サービス利用者数です。2022年12月期の第1四半期売上は3,600万円ですが、それは1,302件のサービス利用によって生まれているため、1件あたりの売上単価は約2.7万円です。これは継続収益ではなく、従量課金から生まれた収益ですが、サービス利用数は継続的に増加しています。増加が続いているのは、登記業務に「繰り返し実施しなくてはならないケースが多い」という特徴があるからだと思われます。登記業務は、設立登記だけでなく、本店移転・役員変更・増減資等、イベントがあるごとに発生しますが、一度利用して便利に感じたユーザーが繰り返し利用しやすい傾向にあります。それがリピート利用者数という項目に現れており、順調に増加しています。



次に利益の部分ですが、売上高の伸びと比例するように経常損失も大きくなっています。


次に、損益計算書から売上原価と売上総利益を見ていきます。2022年12月期は、売上高4億1,862万円に対して、売上原価が1億2,591万円、売上総利益が2億9,271万円で、売上総利益率は約70%となっています。2023年12月期は、売上7億2,824万円、売上原価2億5,448万円、売上総利益が4億7,376万円で、売上総利益率は約65%です。


先ほどLegalTech SaaS事業と登記事業で分けて売上を紹介しましたが、相対的に変動原価が多くかかっているように見えるのが登記事業です。登記事業は、印紙・レターパックをGVA TECH側で調達する場合があり、その分が原価参入されています。


次に、販売管理費についても中身を見ていきます。主要な費目については内訳が公開されています。支払報酬とシステム利用料が合わせて、2022年度には約1.3億円、2023年度には約1.4億円かかっており中身が気になるところですが、この目論見書からは中身が読み取れません。同社はクラウドサービスとして展開しているためクラウドインフラ費用がシステム利用料に入っている可能性もありますが、費用の性質からして原価参入されている気もします。


広告宣伝費は思ったよりも小さく、2023年12月期で約2億円です。2024年10月に上場したAI議事録サービスの「オルツ」は直近年度で広告宣伝費に約40億円使っていたので、それに比べると控えめな印象です。この広告宣伝費をもっと増やしていくと、どれくらい売上高が伸びていくのか、気になりました。


専門家 × ソフトウェアサービスの信頼性

今回はGVA TECHを参考にしましたが、これに限らず、最近私は専門家×ソフトウェアサービス(AI機能を含む)における信頼性というテーマをよく考えています。


GVA TECHの登記事業を例に考えてみると、顧客は登記業務を司法書士に依頼していたところから、GVA法人登記が提供するソフトウェアのガイドに従って書類作成を行っていく、というオペレーションに変わります。


GVA TECHのブログには、「登記業務は司法書士の独占業務であり、自らやって良いのか?」という質問があり、同ブログは以下のように回答しています。


「司法書士や司法書士法人でない者が業務として登記申請書類の作成や申請手続きの代理、それらの相談を受けることを禁止しています。例えば、資格を有しない知人がたまたま登記申請の経験があるからといって、書類の作成や申請代理の仕事を依頼すると、その知人は法令違反となる可能性があります。ただし、登記申請をする会社の従業員が、自社の登記申請書を作成したり、代表取締役に代わり法務局に書類を提出することは、会社自身の行為と判断されますので問題ありません。」

一方、東京司法書士会が2023年3月に出した「民間事業者の登記申請書等の自動生成サービス等について」という声明文には、以下のように書かれており、センシティブなテーマになっているようです。

政府参考人である法務省民事局長から「民間事業者が依頼者に代わって登記書類を作成したと評価されるような場合」、「収集した戸籍記載から民間事業者の判断で相続人を特定し依頼者に代わって登記書類を作成したと評価されるような場合」、「個別具体的な事案を前提に登記申請書類の作成に関する相談を受けて回答したり、助言したりして、登記申請書類の作成にあたって依頼者からの相談に応じたと評価されるような場合」には、司法書士法に抵触するおそれがあるとの答弁がなされました。...(中略)...都民の皆様や自治体の皆様におかれましては、民間事業者のインターネットを利用した登記申請書等の自動生成サービスを利用されるに際しては、違法なサービスに関与されないよう、御留意ください。

これは、ソフトウェアが担う役割が法律的に許容されているか禁止されているか、という観点の話もありますが、より大きな「作り手自身が完成物に対して自信を持ちきれないものを自動生成して良いのか?」というテーマにもつながってくると思います。


生成AIの登場以降、世の中には文章・画像・動画を生成するツールが溢れていますが、顧客があるツールを用いて何かを生成した際、完成物に対して「完成物が適切なのか判断ができない」場合、どのようにツールとしての信頼性を担保するのか、というのが大きなテーマになっています。


登記書類作成支援ツールはまさにその一例で、本当に登記書類が正しいか判断するためには、作成者にある程度の法的知識が必要になります。GVA TECHのソフトが利用されているのは、やはりGVA TECHの代表が法律に精通しており、GVA法律事務所の運営にも携わっている、という点が大きいように思います。一方、先ほどの司法書士会の声明文にもあるように、直接利用者の相談に乗ったと見なされる場合は司法書士法に抵触する恐れがあるため、あくまで作成支援ソフト、という形態になっています。(いまのところ、登記書類作成支援ソフトにはAI機能は組み込まれていなさそうですが、AIが組み込まれると、記述方法に関するサジェストが行われる可能性があり、そうなると、司法書士法への抵触が怪しくなってくるかもしれません。)


一方、Legal Tech SaaSは登記書類作成支援ソフトとは毛色が異なり、そもそも、自社で設定するモデル契約書を基準として、これから締結しようとしている契約書の修正箇所をAIが提案するようなツールです。ここでも、「その提案が確からしいのか?」というツッコミはありますが、こちらのツールは法務部門や法律事務所といった法律知識を持った方々をターゲットとしているため、専門知識のアドバイスというよりは「業務効率化ツール」の色が濃いように思います(つまり、AIの提案を受け入れるべきか、ユーザー自身が判断できる)


こう考えると、同社のツールが提供する顧客価値は、ターゲット顧客ごとに微妙に異なっているような気がして、興味深く感じました。私自身、まだ解を出せていませんが、「どのように信頼性を高めていくか」というテーマは今後ますます重要になっていくため、引き続き考えていきたいと思います。


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フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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