本記事は、最近、アメリカのベンチャーキャピタル界隈でよく耳にするSPACについて解説するものです。
SPACとは、Special Purpose Acquisition Company の略で、日本語では「特別買収目的会社」と言われます。
SPACがどんなものかと言いますと、「特定の事業を持たないまま、将来的に(主に)未上場企業を買収するという約束をして、先に上場してしまう」という投資会社です。
出世払いみたいな感じでして、「今は何も持ってないけれど、将来大物になって返すから、今お金を預けてください」というスタンスです。
そして、その「大物のなり方」が、自分でゼロから事業をつくるのではなく、上場によって先に手に入れるお金を用いることで、既に一定の成功をおさめている未上場企業を買収することによって大物になる、という手法なのです。
上場時点ではまだどんな事業を買収するか決まっていないことから、ブランクチェック(空の小切手)と呼ばれることもあります。
そんなSPACが現実的に動いているの?と思われる方もいるかもしれませんが、例えば2020年の6~9月、電気自動車まわりだけでも、このSPACを用いた上場(SPACに買収される、あるいはSPACを買収することによって上場すること)が相次いでいます。
電気自動車そのものを手掛けるNikola、Fisker、Lordstown Motors、Canoo、固体電池を手掛けるQuantumScape、EV充電ネットワークを手掛けるChargePoint、自動運転向けLiDAR開発のVelodyne、等。
なぜ、ここまでSPACによる上場が相次いでいるのでしょうか?通常の上場(IPO、Initial Public Offering)との違いは?今後の見通しは?気になりますね。
このSPACについて、本場アメリカにおいて CB Insights と crunchbase news が発表している記事がありますので、それらを参考に、解説していきたいと思います。
What Is A SPAC?
「SPACとは?」
(出展: CB Insights)
SPAC To The Future: How Blank-Check Acquirers Could Reshape Emerging Companies’ Roles In Public Markets
「SPACの展望:公開市場における新興企業の存在を再構築しうるブランクチェック買収について」
(出典:crunchbase news)
SPACはどのように機能するのか?
出展:https://www.cbinsights.com/research/report/what-is-a-spac/
① SPACは、まず発起人(一般的には、ビジネス経験が豊富な人物。以下、「スポンサー」と呼ぶ)がSPACの立ち上げを意思決定するところから始まります。ここは、通常のスタートアップと同じです。
② スポンサーは持株会社(以下、「SPAC」と呼ぶ)を設立し、株式公開に関連した通常の申請手続きを行います。スポンサーは、興味のある投資家を見つけるために、従来のIPOと同様にロードショーを行います。ここでの違いは、特定の企業ではなく、自分たち自身やチームを「私たちであれば魅力的な企業を見つけ、買収することが可能ですよ」と、経験を売り込むことです。
③ スポンサーが投資家から十分な興味を集めると、スポンサーはSPACのユニット(株式の代替)を販売します。そのユニットは通常10ドルで、将来的に買収する企業の1株とさらにその企業の株式を購入するための権利が附帯しています。
④ その後、スポンサーはSPACを上場させます。
なお、上場によって調達した資金はブラインドトラスト(白紙委任信託)に入れられ、株主が買収取引を承認するまで手がつけられません。
上場したSPACは他の上場企業と同様に取引所で売買されます。つまり、この時点で一般投資家も参加することができるようになります。
そして一般的にスポンサーは、SPACを設立した「見返り」として20%のシェアを保持します。
⑤ SPACが株式市場に公開されると、いよいよスポンサーは買収ターゲット企業を探し始めます(実際のところ、SPAC設立前から、買収ターゲット企業に目星をつけていることも多いと思います)
⑥ スポンサーが買収ターゲット企業を見つけると、当該企業と買収条件(買収価格など)を交渉し、買収条件を決定します。
⑦ スポンサーは、決定した買収条件をSPACの株主に提示し、その買収を進めてよいかどうか賛否をとります。ここで否決されると、スポンサーはまた別の買収ターゲット企業を探しに行きます。こうして、一定期間(多くは2年)の間に買収が成立しなかった場合、ブラインドトラストに預けられていた資金は株主に戻されることになります。
逆に、買収が可決された場合、いよいよSPACによる企業買収に移ります。
⑧ ただし、SPACがIPOによって初期的に調達した資金は、通常、ターゲット企業の買収に必要な資金の25~35%ほどしかカバーしていません。そこでスポンサーは機関投資家などから新たな資金を調達し、必要資金を集めます。
⑨ ここで晴れてSPACによるターゲット企業の買収となるわけですが、既にSPACが上場しているからといって、ターゲット企業の事業内容に対する取引所による審査が不要というわけではありません。取引所からの承認を受け、SPACはターゲット企業を買収・合併し、これでターゲット企業の株式がSPACを経由して取引所に公開される、ということになります。
この段階で、SPACのスポンサーや株主は、そのターゲット企業の株式売買を通じて、リターンを得ることができるようになります。
SPACの件数推移とメリット
こうしたSPAC上場の件数(米国)は、過去、どういった件数推移を見せているのでしょうか。それを表したのがこちらのグラフです。
出展:https://www.cbinsights.com/research/report/what-is-a-spac/
実はSPACは1990年代から存在しています。
1990年代のSPACは比較的小規模で未成熟な企業を買収対象としており、多額の手数料を払って上場したものの、結局、投資家が犠牲となる事例や株価の低迷を招いた、ということがあり、SPACは下火となりました。
そうしたことが起こらないよう、2000年代に制定された規制によってSPACは再び注目されるようになりましたが、2008年にはいくつか有名な失敗例が続き、また下火になりました。
結果、SPAC上場件数は2007年にピークを記録した後、しばらくSPAC上場は低迷していました。
それが2015年に息を吹き返し、さらに2017年以降は毎年、前年超えの増加を続け、2020年は10月15日までの途中経過データにも関わらず、過去最高件数を大きく更新するものとなっています。
なぜ今ここまでSPAC上場が増加しているのでしょうか?
皆さんご想像の通り、COVID-19の影響が小さくありません。
ここ数年、非公開企業による資金調達が大型化してきました(それが2015年以降のじわじわとしたSPAC上場の一因です)。ユニコーンと呼ばれる、時価総額1,000億円を超える非公開企業が多数登場しています。
これは、世界的なカネ余りを背景としたベンチャーキャピタルの大型化や機関投資家による非公開企業への直接出資の増加、さらには、オープンイノベーション促進のための事業会社による非公開企業への直接出資の増加、などが理由にあげられます。
そのため、上場前から評価額が大きくなっている非公開企業は、その出口(の一つ)であるIPOにおいて、その評価額を超える時価総額を目指すことになりますが、COVID-19によって株式市場に不確実性が増しており、非公開企業にとってはターゲットとする時価総額を実現することの難易度があがっていることは確かです。
非公開企業が持つこのペインに対して、スポンサーはSPACを通じ、時価総額(公開価格)を制御しづらい従来型のIPOの代替案として、買収という形で公開価格をあらかじめ決定することができるSPAC上場という手法を提供する機会が増えているのです。
実は非公開企業によっては、従来型のIPOに比べてSPAC上場の方が手数料がかかるのですが、従来型IPOに比べて公開価格の不確実性を回避できる点や、スピード感も高い(従来型IPOだと数年かかるケースが一般的だが、SPAC合併プロセスは最短で3~4か月ですむ)が魅力的と言われています。
とはいえ前述の通り、SPAC合併による株式公開であっても取引所による審査は必要であるため、短期間に公開審査準備に対応する必要性もあります。
また、非公開企業が手掛ける事業に知見の深いスポンサーやSPAC株主に支えてもらうことで、株式公開以外の知見サポートを受けることができるかもしれない、というメリットも考えられます。
SPAC投資家にとっても、株価がどうなるか分からない非公開株式・公開株式に投資するより、企業買収に成功した際にはアップサイドがほぼ保証されているにも関わらず、気に入る企業買収が実現しなさそう場合には資金回収(償還)が可能なSPACは、魅力的な投資商品と言えるでしょう。
SPACの懸念点
一番の懸念点はスポンサーの質だと言われています。
SPACを立ち上げ、投資家から資金を集め、買収ターゲット企業を探し、買収を成立させる、それだけのことを成し遂げるにはそもそも大きな力量が必要とされますが、逆に言えば、そのスポンサーの力量次第で、結果が大きく変わる可能性があるモデルでもあります。
スポンサーはSPAC合併が完了してしまえさえすれば、それだけで大きなリターンを得ることができる仕組み(前述の通り、スポンサーはSPACの20%シェアを保有し、SPAC合併後は買収企業の1~5%の株式を保有することになります)となっており、SPAC投資家を犠牲として、短期間にスポンサー有利の取引を実現できなくもありません。
特に、SPAC解散期限の2年が近づいてきた際には、そうした取引が発生しやすくもなります。そのため、SPAC投資家としては、このスポンサーを信頼してよいかどうか、しっかり考える必要があるでしょう。
また、SPACに買収されるターゲット企業にとっては、従来型のIPOよりも多額の手数料がかかる、という側面もあります。
COVID-19を背景に急激に増加したSPAC上場ですが、今後、こうした懸念点によって再び下火になる可能性もありますし、逆に、従来型IPOを凌駕する公開手段となる可能性もあります。
その兆しが、宇宙旅行を手掛けるVirgin GalacticのSPAC上場や、冒頭にも挙げた電気自動車企業Fisker(まだ自動車が発売すらされていない)のSPAC上場でしょう。これまでのIPOでは実現不可能ではないかと思われる株式公開がいくつか実現しています。一方、これも冒頭で上げた電気自動車企業NikolaはSPAC上場後に不正の可能性を指摘され苦戦しています。
いずれにしても、何十年と大きな変化がなかった株式公開という伝統的な資本取引は、今後、大きく変化する可能性があります。
まだ日本にはこの流れは来ていませんが、スタートアップとしてもベンチャーキャピタルとしても、こうした観点は逃さずウォッチしていきたいところです。
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