このたび、メタマテリアルについて調査を実施してみました。
メタマテリアルといえば、IDATEN Ventures出資先のMagic Shieldsが開発する、人が転んだ時だけ柔らかく凹んで転倒骨折を予防する床『ころやわ』にメカニカルメタマテリアル技術が利用されており、その魔法のような性質が注目を集めています。メカニカルメタマテリアル技術は、もちろん床以外にも応用可能で、シューズから人工衛星に至るまで、さまざまなシーンで利用することが期待されています。
実はメカニカルメタマテリアル以外にも、メタマテリアルを応用した技術は数多くあり、非常に興味深い分野です。ただ、メタマテリアルは少し専門的なテーマということもあってか、インターネットで検索しても、パッとわかりやすい記事がそれほど多くない印象を受けました。そこで、今回はメタマテリアルをわかりやすく解説しつつ、関連技術の開発を進める国内のスタートアップをご紹介します。もちろん、その中でメカニカルメタマテリアルを取り扱う企業も含めたいと思います。
(Source: Magic Shields社ホームページより。衝撃は吸収するのに普段は硬い、という特徴的な表現。)
メタマテリアルとは
メカニカルメタマテリアルは、メタマテリアルという概念をメカニカル(機械的特性)に応用した技術分野です。メタマテリアルは英語で”meta-material”という綴りになりますが、「超える・変化する」を意味する”meta”が”material”(材料)の前につくことで、転じて「従来の材料が持つ自然な特性を超えた材料」という意味になります。
メタマテリアルをメカニカルに応用したものがメカニカルメタマテリアルとご説明しましたが、メタマテリアルの本格的な研究は1990年代に光学分野からスタートしました。この分野は光学メタマテリアルと呼ばれています。
少しだけ光学メタマテリアルについてご紹介します。私たちは日頃、太陽や照明の光を利用して対象物質を視認していますが、2000年ごろまで「光の波長よりも小さいものを見ることはできない」と考えられました。
そんな常識が疑われるきっかけになったのが、負の屈折率を持つ光学メタマテリアルの登場でした。実際に材料がつくられたのは2000年ごろのことですが、その存在そのものは1967年にロシア(当時ソビエト連邦)の研究者Victor Veselago氏によって提唱されています。ちなみに、屈折とは物体が光をどれだけ曲げるかを示す数値で、空気の屈折率は約1.0、水は約1.3、ダイヤモンドは約2.4です。屈折率は通常正の値を持ちます(入射角と同じ側に曲がる)が、特殊な光学メタマテリアルは負の値を持つことになります(入射角と反対側に曲がる)。
負の屈折率を持つ材料の存在が登場したことによって、材料の磁界が光と相互作用する点に注目が集まりました。電磁波である光には電界と磁界の二成分が含まれますが、主に電界が材料の電子に力を及ぼすことで、光が材料に吸収される/反射する/屈折する、という変化が生じます。材料が光の波長よりも小さい場合、光の電界が材料に作用することが難しくなり、その結果私たちの目には見えなくなります。
通常の材料は、ほとんどのケースにおいて、材料の磁界が光と相互影響を及ぼすことはありません。光学メタマテリアルは特別な設計が施されることによって特定の周波数で強い磁気的応答を示し、通常の材料では考えられない光学的効果(その代表例が負の屈折率)が実現されます。材料が主に光の電界に作用すると考えられていた中、光の磁界とも強く相互作用できる材料が登場したことで、メタマテリアルは大きな注目を集めました。
負の屈折率を持つ材料の応用先として、最も注目されたのがレンズです。光が負の屈折率を持つ材料に入ると、磁界の振動が反転します。磁界の振動が逆転すると、光の焦点が従来のレンズでは不可能なほど狭い範囲に強く集中します。これによって、光の通常の解像限界を超えて、より小さい物体や構造を見ることが可能になります。
その他のメタマテリアル
負の屈折率を持つ材料は、光だけでなく音波を屈折させることもできます。これを音響メタマテリアルといいます。原理は光学メタマテリアル同様で、音波が材料に侵入する際、音響メタマテリアルは音波を通常の方向と逆に曲げます。この性質を利用して、特定の周波数帯の音波をブロックする、音波を非常に範囲に集中する等の応用が可能になります。また、音波のブロックと少し似ていますが、音波を材料の周りに「誘導」して対象物が存在しないように見せることもできます。これを「音響クローキング」と言います。クローキングの語源はcloak(マント・外套)で、対象物を隠すマントの比喩としてそのように名付けられています。
なお、クローキングは音波に限らず、光学分野でも研究が進んでおり、その場に存在するのに人の目から材料が見えない、つまり「透明マント」の実現が期待されています。「透明マント」は映画『ハリーポッター』に登場する人気アイテムの1つですが、現実世界では軍事・医療用途での利用が考えられています。例えば、軍事分野ではセンサー・小型機器を敵の視界から隠す、医療分野では組織の一部を透明化してより内部の構造を詳細に観察できるようにする、等が活用方法になります。
上記と同様の原理で、電磁メタマテリアルという分野も存在します。これは光(光も電磁波の一種ですが)や音と同じように電磁波に対して負の屈折率を持つ材料で、通常の自然界に存在する材料では不可能な方法で、電磁波の屈折・透過・反射・吸収等を実現します。電磁メタマテリアルはさまざまな応用先が考えられますが、例えばレーダー波から対象物質を隠す電磁メタマテリアルを身に纏うことで敵軍のレーダーをすり抜けることができる、あるいは通信信号自体を見えなく(クローキング)して第三者に検出されることなく通信信号を送ることができるかもしれません。
また、「負の屈折率」ではなく「負の伝導率」を持ち得るのが熱メタマテリアルです。熱メタマテリアルは、特殊な構造によって、特定の方向にのみ熱を伝導する、熱エネルギーを対象物質の周りに誘導する、熱が通常とは逆の方向に流れるようにする、熱を集中させたり分散させたりする、等の特性を生むことができます。
メタマテリアルについてもう少し細かく理解する
上記の説明は、メタマテリアルの各応用分野の概観的な話でしたが、もう少し深掘りして理解を試みます。参考にするのは、『メタマテリアルの基礎』(2012、加藤純一)と『人工媒質メタマテリアルと透明マント』(2016、真田篤志)です。
まず、メタマテリアルを含めた材料全般を、横軸に誘電率(ε、イプシロン)、縦軸に透磁率(μ、ミュー)をとった4象限に分類してみます。
誘電率とは、材料が電気をどれくらい通しやすいかを数値で表したものです。より具体的には、誘電率は材料に電場が与えられた時、その材料内の電荷がどれだけ移動するかに依存します。電荷の移動が多いほど誘電率は高くなり、誘電率は高いほど電気を多く蓄積することができます。誘電率は、真空中の誘電率を1とした時の相対的な値として表され、例えばポリエチレンは約2.3、水は約80と言われています。
透磁率とは、材料が磁場をどれくらい通しやすいかを数値で表したものです。より具体的には、材料が磁場内でどれだけ磁化するかを表します。誘電率同様に、真空中の透磁率を基準(μ0=4π×10-7H/m)としてμ0の相対的な値、具体的には材料の透磁率を真空中の透磁率で割った相対透磁率(μr)で表されます。材料は、透磁率に関して(1)強磁性材料(非常に高い相対透磁率を持つ、鉄・ニッケル・コバルト等)、(2)常磁性材料(相対透磁率が1よりもわずかに大きい材料で磁場に対して軽く反応する、アルミニウム・マグネシウム等)、(3)反磁性材料(相対透磁率が1よりも小さい材料で磁場を弱める性質を持つ、銅・水等)の3カテゴリーに分けられます。
話を戻しますが、誘電率・透磁率の片方あるいは両方で負の値をとる材料で自然に存在するものはありません。『人工媒質メタマテリアルと透明マント』によると、第1象限を右手系材料、第3象限(ε・μどちらも負)を左手系材料、そして第2・4象限(ε・μどちらか負)を合わせてシングルネガティブ材料と呼びます。
一般的に、メタマテリアルというと、第3象限の左手系材料を指すことが多いようです。ただし、左手系材料だけでなく、第1・2・4象限の材料もメタマテリアルとしての特性を示し得る点には注意が必要です。
『人工媒質メタマテリアルと透明マント』によると、左手系材料の代表的な特質は、(a)負の屈折率、(b)エバネセント波の増大、(c)分散性の3つです。
材料の屈折率nはε・μの積の平方根で求められますが、εとμがいずれも負の場合、nも負となります。負の屈折率を持つことの意味は前章で少し触れたため割愛いたします。
次に「(b)エバネッセント波の増大」についてですが、そもそもエバネッセントとはフランス語(evanescent)で「消えゆく」という意味で、電磁波が媒体の境界面で全反射する際に、境界の反対側にわずかに浸透する波で、非常に速く減衰するという特徴を持ちます。
左手系材料の場合、通常は伝搬に伴って減衰するエバネッセント波が、むしろ指数関数的に増大します。これは、左手系材料が電磁波を効率的に増幅する共振構造を有しているためと言われています。
増大するエバネッセント波は、例えば超高解像の顕微鏡に利用されることが期待されています。試料の非常に近い位置に小さなレンズを配置し、増大したエバネッセント波を捉えることで、これまでよりもさらに解像度を挙げることが可能になります。あるいは、試料に対する照射光の強度を減らしてもこれまで同様の情報を得られるようになります。これにより、試料の光毒性・熱損傷リスクが低減できるかもしれません。
左手系材料が持つ3つの特性のうち最後の「(c)分散性」ですが、これは材料が異なる周波数の電磁波に対して異なる反応を示す、という特徴を表します。具体的には、材料の誘電率εと透磁率μが、周波数に依存して変化します。この性質を周波数分散と呼びます。
通常材料(右手系材料)の内部において、電磁波の波長は周波数に反比例しますが、左手系材料内では、波長が周波数に比例する、という珍しい現象が起こります。波が進む速度を位相速度といい、周波数と波長の積で表しますが、波長が周波数に比例する、ということは位相速度がどんどん速くなるということです。この位相速度が非常に高くなる周波数範囲を速波領域と呼び、波長・位相速度が無限大になる周波数を「Γ点周波数」と呼びます。速波領域において、電磁波が特定の角度で空間に漏れ出るように放射される、という現象が発生します。この現象の応用先として漏れ波アンテナが提案されています。漏れ波アンテナとは、電磁波がアンテナ構造内を伝播する際、アンテナ構造にしたがって少しずつ電磁波が「漏れ」、その結果として空間に電磁波が放射されるアンテナですが、これに左手系材料を用いることで、特定周波数の電磁波を効率的に拡張して放射することができます。
途中で記載しましたが、必ずしも第3象限の左手系材料だけがメタマテリアルというわけではなく、第1象限の右手系材料、そして第2・4象限のシングルネガティブ材料もメタマテリアル的な性質を持つことがあります。例えば、人工誘電体は右手系材料の一種とみなすことができます。人工誘電体は誘電率を人工的に調整した材料で、特定の電磁波の周波数で望ましい挙動を示すように構造設計されたものです。
メタマテリアルを支えるテクノロジーと活用事例
初めて負の屈折率を持つ材料の存在が実証されたのは2000年ごろのことで、その際に用いられたのは「分割リング共振器」と「金属ワイヤー媒質」を組み合わせたものでした。分割リング共振器は共鳴周波数よりも少し高い周波数で負の透磁率を、金属ワイヤー媒質はある周波数以下で負の誘電率を示し、これらを組み合わせることである周波数領域でε・μともに負となることが示されました。
上述の通り、発見当時はある周波数帯でε・μともに負となることがわかりましたが、そこからはいかに周波数帯をより広範にできるか、というテーマで研究が進んでいきました。例えば、共振器サイズを小さくする、あるいは、リングの構造を変えることで共鳴周波数を高めることができるのではないか等です。
それらの研究をさらに加速させたのが、コンピュータシミュレーションや3Dプリンタの技術です。コンピュータシミュレーションは、電磁波の動作や特定の構造における波と材料の交互作用を数学的にモデル化、あるいはメタマテリアルの性能を生み出す微細構造の寸法・形状・配置の調整を行う等の役割を担います。実際にインターネットで「メタマテリアル シミュレータ」で検索すると、Remcom・Ansys等のシミュレーションソフトウェアメーカーがいくつもヒットします。
シミュレーションスピードを早めるという観点で興味深い取り組みがマサチューセッツ工科大学の研究チームから2018年に発表されました。この研究チームは、メタマテリアルを造形するために必要な内部微細構造を選定するアルゴリズムを構築しました。具体的には、物理的に実現可能な微細構造から構成可能な物理特性を計算し、必要な物理特性が得られる微細構造を自動的に計算する手法を見つけ出した、とのことです。2018年の発表時点では材料の弾性という機械的特性に着目しましたが、熱・電気・磁気等のさまざまな物理特性を示す微細構造の特定にも応用することができる、と説明されています。
もう1つのキーテクノロジーが3Dプリンタです。シミュレーション・設計ソフトウェアで考案した通りに材料を造形するには3Dプリンタが効果的です。例えば、2023年3月に下着メーカーのワコールが乳がん手術後用パッドを開発しましたが、軟質樹脂3Dプリント技術によって立体的なメッシュ構造を備えたパッドが実現できたと紹介されています。また、オーストラリアのメルボルン工科大学の研究チームが2024年2月に発表した高強度チタン合金構造体には、レーザービームで金属粉末を溶融して造形する金属3Dプリンタが利用されています。また、こちらの記事では、クラボウと東京大学大学院が建設用3Dプリンタを用いてセメント系材料による造形物に断熱・遮音といった特性を付与することを目的とする共同研究をスタートしたことが報じられています。
上記3つの例はメカニカルメタマテリアル分野ですが、音響マテリアル分野でも事例があります。2019年にボストン大学から公開された論文によれば、3Dプリンタを用いて造形された媒体が騒音を最大94%低減できるという実験結果が示されました。この技術が実用化されれば、都市部を飛行するドローンのプロペラ、飛行機のタービン等による騒音問題を解決できるのではないか、と期待されています。類似テーマでは、ピクシーダストテクノロジーズが2023年4月に発表した音響メタマテリアル遮音材が挙げられます。同社は、これまで課題となっていた遮音と通気の両立に加え、間伐材や再生材等のサステナブルな材料を用いることができる点もアピールしています。
他にも、熱分野に応用する動きもあります。東北大学は2023年10月に、アルミ製のメタマテリアルを開発し、5G/6G通信帯の電波を透過する遮熱窓を製作したと発表しました。この遮熱窓は、太陽から発せられる近赤外波長の電磁波を最大約86%反射させ、逆に28GHz(5G)・0.2~0.3THz(6G)の周波数帯では80%程度の透過率を実現しているそうです。
国内のメタマテリアルスタートアップ
最後に、国内でメタマテリアル技術を応用しているスタートアップをご紹介します。並びは設立年が古い順とします。
設立:2016年
概要:3D Printing Corporationは本社を神奈川県横浜市に構え、3Dプリンタの代理販売、設計・製造コンサルティング、アフターサービス、造形出力サービス等を手がけています。同社は3Dプリンティング技術を用いて造形する新規材料の開発に着手しており、特許も取得しています。2021年には国土交通省の研究開発助成制度を利用して、コンクリート床スラブの厚さを半減する環境配慮型「床振動遮断メタマテリアル」の開発に取り組んでいます。また、2022年にはJAXAが募集する革新的将来宇宙輸送システム研究開発プログラムに「メタマテリアルによる音響低減/制振技術の研究」が採択されています。
設立:2017年
概要:Nature Architectsは、メタマテリアルを活用した独自の設計技術:Direct Functional Modeling(DFM)を開発し、その技術を用いて実際に設計ソリューションを顧客に提供しています。設計ソリューションのラインナップには、変形制御・振動制御・熱制御・音響制御が並んでおり、さまざまなメタマテリアル応用を手がけていることがわかります。同社は2023年度「ディープテック・スタートアップ支援基金/ディープテック・スタートアップ支援事業」に採択されていますが、そのテーマは「メタマテリアル設計技術を活用したEV向け部材の研究開発」です。ちなみに、Nature Architectsが関わっているかはわかりませんが、日産自動車は2019年時点で自動車の電動化が進むにつれて車内の静寂性が従来以上に求められるとして、音響マテリアルの開発を進めていることが報じられました。また、三菱ケミカルもEVを構成する内部コンポーネント(モータ・インバータ・減速機等)のカバーに音響マテリアルを採用し、車内空間の静寂性アップに貢献するというコラムを2024年2月に公開しています。EV×メタマテリアルというのは、さらに深掘りしてみたい興味深いテーマです。
設立:2017年
資金:2023年にNASDAQ-CM(Capital Market)に上場
概要:落合陽一氏が代表を務める企業です。メタマテリアルに限らず、様々な研究開発活動を行っていますが、2023年12月に公表した透明吸音パネル「iwasemi RC-α」には音響メタマテリアル技術が応用されています。
設立:2019年
概要:Magic Shieldsはメカニカルメタマテリアル技術を応用して人が転んだ時だけ柔らかくなる床『ころやわ』を開発する企業です。大きな負荷がかかった時だけ潰れる構造体を導入しており、フローリングと同等の歩行安定性を保ちながら車いす移動や歩行器、杖をついての移動でも凹まず、転倒時には衝撃を低減することが可能になっています。
この他にもメタマテリアル技術を開発・応用する企業はあるかもしれませんが、今回はこれで以上とします。メタマテリアルは初めて材料が実現してからまだ20年余りしか経過していない比較的新しい技術分野であり、今後の動向には引き続き注目していきたいと思います。
IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について
フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。
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