top of page

宇宙ロケットと電動ポンプ

  • Writer: Shingo Sakamoto
    Shingo Sakamoto
  • 7 days ago
  • 13 min read

電動ポンプについて調査を行ってみました。電動ポンプは文字通り電気で動作するポンプで、ポンプには揚水(雨水・灌漑)、圧送(排水、石油パイプライン)、家庭用(灯油ポンプ・バスポンプ)等、さまざまな用途がありますが、今回は特に電動ポンプを宇宙ロケットのエンジンに利用する動きについて解説します。

なお、為替レートには、2025年4月7日時点のものを使用しました。

ロケットエンジンとポンプ

地球から宇宙に人工衛星や宇宙探査機等を輸送するロケットのエンジンは、利用する燃料の観点から、大きく固体ロケットエンジンと液体ロケットエンジンに分けることができます。

まず固体ロケットエンジンの場合、あらかじめ推進剤(燃料と酸化剤)がゴムに練り込まれており、それを燃やすことでロケットは推進力を得ます。固体ロケットエンジンは、推進剤が事前に混合されているためロケット内で燃料と酸化剤を個別管理・混合するための設備を必要としないことから、全体の構造がシンプル似た持つことができます。一方、一度点火すると最後まで燃え続け、推力の調整が難しいという弱点を持ちます。

液体ロケットエンジンの場合、液体燃料と酸化剤が別々のタンクに搭載されており、各タンクから燃焼室に供給されてから混ざり合います。液体ロケットエンジンは、燃料の流量を変えることで推力を微調整することができるという強みを持っています。一方、液体を低温保管・輸送するための複雑な設備が必要になる点は、固体ロケットエンジンに比べて難しいところです。前述の通り、液体ロケットエンジンは、高圧環境の燃焼室に推進剤を送り込むターボポンプが必要になりますが、液体ロケットエンジンはターボポンプの駆動方法によって以下のように分類することができます。

まず、ターボポンプを駆動させるガスの発生方法が大きく2パターンあります。1つが副燃焼室でガスを発生させるパターン、もう1つが高温ノズルを冷却した際に熱交換で蒸気を発生させるパターンです。次に、ポンプ駆動後のガス処理方法も2パターンに分けられます。主燃焼室に送り込む場合と、外に捨てる場合です。上記の表には、2×2の4パターンにそれぞれ名称が付けられています。

副燃焼室で発生させた駆動ガスを用いるのは、多くの場合、大きな力でターボポンプを動かして大推力を必要とする一段目のロケットエンジンです。駆動後のガスを主燃焼室に送り込むパターンを「二段燃焼サイクル」と言い、大きな推力を産むことができますが、燃料が循環する中でターボポンプに求められる動作圧力が高くなるのが難点です。ポンプの耐圧性能を上げるために特殊な材料や設計が必要になり、技術的難易度とコストが増大します。ただし、駆動ガスを捨てないで再利用するので、システム全体で見た時のエネルギー効率が優れている、という強みを持ちます。

一方、副燃焼室で発生させたターボポンプ駆動ガスを捨てるのが「ガスジェネレータサイクル」です。この場合、二段燃焼サイクルに比べるとターボポンプに要求される圧力が低くなりますが、二段燃焼サイクルに比べるとエネルギー効率は劣る傾向にあります。

(Source: https://spacemedia.jp/technology-and-engineering/4209)
(Source: https://spacemedia.jp/technology-and-engineering/4209)

また、高温ノズルを冷却した際の燃料蒸気をターボポンプ駆動に用いる方法をエキスパンダーサイクルといいます。その中で、駆動ガスを燃焼室で再利用する場合を「フルエキスパンダーサイクル」、捨てる場合を「エキスパンダーブリードサイクル」といいます。前者は圧力バランスの関係で燃焼室圧力をそれほど大きくできず、大きな推力を出すのが難しいため、二段目のロケットエンジンに採用されることが多くなります。後者はガスを捨てるためエネルギー効率は下がるものの、タービン圧力の調整がしやすく、システム全体の制御が容易になるという強みを持ちます。

(Source: https://spacemedia.jp/technology-and-engineering/4209)
(Source: https://spacemedia.jp/technology-and-engineering/4209)
電動ポンプが注目されている理由

ロケットエンジンにおいて、ポンプは最も重要なコンポーネントの1つです。これまでのポンプは燃焼ガスによってタービンを回転させ、そのエネルギーで駆動していましたが、近年新たな動きが進んでいます。それが、バッテリーから送った電力でモータを駆動し、液体メタン・液体酸素等を昇圧する電動ポンプです。

ターボポンプはタービンを使うためどうしても複雑な配管設計が必要になり、ロケットエンジン全体の構造も複雑になります。電動ポンプを採用すると、ポンプを駆動させるための複雑な配管構造が不要になり、システム全体をシンプルに保つことができます。

一方、電動ポンプを用いることによって減る部品もあれば、逆に増える部品もあります。例えば、バッテリーとモータの出力を制御するインバータは新たに必要になります。インバータは直流電力を交流電力に変換する装置で、モータの回転速度やトルクの制御に必要不可欠な部品です。

(Source: https://ja.wikipedia.org/ wiki/電動ポンプサイクル)
(Source: https://ja.wikipedia.org/ wiki/電動ポンプサイクル)
電動ポンプを初めて採用したRocket Lab

ロケットメーカーの中で、いち早く電動ポンプを採用したのがRocket Labという企業です。Rocket Labは2006年に設立された企業で、2021年にNASDAQに上場しました。2024年7月24日時点で時価総額が約26億ドル(≒3,800億円)となっています。上場企業なので財務数値が公開されていますが、2023年12月期は売上2億4,500万ドル(≒360億円)、EBITDAが-1億4,600万ドル(≒213億円)、2022年12月期は売上2億1,100万ドル(≒307億円)、EBITDAが-1億500万ドル(≒219億円)です。

同社の小型ロケット「Electron(エレクトロン)」に搭載された「Rutherford(ラザフォード)」というエンジンには電動ポンプが用いられています。Rutherfordエンジンの推進剤はケロシンと液体酸素で、エンジンの基数は一段目が9基、二段目が1基、ロケット全体の総重量は13トンで、低軌道(LEO、Low Earth Orbitの略で高度2,000km以下)に300kgのペイロード(搭載可能重量)を輸送する能力を有しています。

(Source: https://www.metal-am.com/rocket-lab-to-use-pre-flown-additively-manufactured-rutherford-engine-in-electron-rocket/)
(Source: https://www.metal-am.com/rocket-lab-to-use-pre-flown-additively-manufactured-rutherford-engine-in-electron-rocket/)

バッテリーはリチウムイオンバッテリー、モータはブラシレスDCモータが採用されており、1段目のロケットにおいて18個のモータから要求される電力は1MWを超えています。仮にリチウムイオンバッテリーのエネルギー密度を約200Wh/kgとすると、1MW(1,000KW)の電力を供給するためには、約5,000kg分のリチウムイオンバッテリーを搭載する必要があります。参考までに、テスラのモデルSというEVのバッテリー容量が約100kWhで、バッテリー重量が約540kgということなので、Rutherfordエンジンの1段目にはその約10倍のバッテリーが搭載されていることになります。

2023年1月にJAXAから発表された「アキシャルギャップモータによる液体ロケットエンジン電動ポンプへの可能性」という資料には、2023年1月時点で、Electron以外の電動ポンプを採用したメーカーのロケットはまだ実証フェーズであると書かれています。

その他の電動ポンプ式ロケット

もちろん、Rocket Lab以外にも電動ポンプを搭載したロケットの開発は進んでいます。

例えば、Jiangsu Deep Blue Aerospace Technologyという中国のスタートアップが、電動ポンプ式ロケットエンジンを採用しています。同社の中小型液体ロケット「Nebula-1」には電動ポンプが用いられています。推進剤はケロシンと液体酸素で、ペイロードはLEOで4,500kgと、Electronの約15倍となっています。同社は2017年の設立からこれまでに累計で2億元(≒43億円)調達しています。これらのロケットはSpaceXのように再利用可能となっているのが特徴と言えます。

Jiangsu Deep Blue Aerospace Technologyだけでなく、近年、中国全体で電動ポンプを用いた再利用可能ロケットの開発が活発化しています。中国初の民間ロケット打ち上げメーカーとしてその名が知られることになったLinkspaceは、2021年に電動ポンプ式ロケット「Fengbao-1」の試験実施を発表しました。推進剤は液体メタンと液体酸素で構成されています。ちなみに、Linkspaceに次ぐ中国で2社目の民間ロケット打ち上げメーカーとなったGalactic Energyは2020年11月に衛星を軌道に乗せましたが、同社は固体燃料のエンジンを採用しており、電動ポンプは使用していないようです。

韓国で2017年に設立されたINNOSPACEという小型ロケットエンジンメーカーも電動ポンプを採用しています。同社の「HANBIT-TLV」というロケットのスペックは、総重量が50トン、LEOベースのペイロードが500kgです。興味深いのは、同社が「ハイブリッドロケットエンジン」の開発を謳っている点です。「ハイブリッド」とはいろいろなニュアンスで利用される言葉で、例えば自動車の世界でハイブリッドというと内燃機関と電動モータのハイブリッドですが、ドローンの世界でハイブリッドというと回転翼と固定翼のハイブリッド、あるいは内燃機関と電動モータのハイブリッドを表します。同社CEOのインタビュー記事によると、ハイブリッドロケット最大の利点は安全面にあります。例えば、何らかの原因で酸化剤が露出して広がってしまった場合も、固定燃料が広がらないため爆発することがなく、火災程度で済む可能性があります。なお、小型のハイブリッドロケットエンジンを開発している国としては、韓国の他にアメリカ・ドイツ・ノルウェー・オーストラリアが挙げられるそうです。

なぜ電動ポンプか?

国内でロケット向け電動ポンプの開発に力を入れている企業として荏原製作所が挙げられます。同社は開発を進めるエンジンシステムの概略図を公表しており、以下に掲載します

(Source: https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2310/31/news005.html)
(Source: https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2310/31/news005.html

同社が検討するロケットシステムの諸元も公開されています。推進剤には液体メタンと液体酸素が想定されており、ロケットのペイロードは100kg、最高到達高度は450kmです。液体メタン用ポンプの吐出圧は7.5MPaAとなっていますが、これは噴水に例えると1,800mの噴き上げ高さに相当するそうです。一段目にはエンジンが9基あり電動ポンプは12個、二段目にはエンジンが1基で電動ポンプは2個になります。エンジンと電動ポンプの数はRocket LabのElectronと同じで、参考にしていると思われます。

(Source: https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2310/31/news005.html)
(Source: https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2310/31/news005.html

同社が公開する技術コラムには、なぜ同社が液体メタンと電動ポンプを組み合わせるのか、その狙いが紹介されています。まず、液体メタンは液体水素に比べて単位体積あたりの推進力が大きいため(液体メタンは液体水素に比べて約6倍の密度を持つ)燃料タンクを含むエンジン全体を小型化することができます。また、液体燃料として用いられることの多いケロシンはすすが発生し流路をふさいでしまう問題がある一方、液体メタンはすすが発生しないため、再利用や長期運用に向いています。そして、電動ポンプはエンジン構造を簡素化させることができるため、液体メタンとの相性が良いようです。

確かに、一般的に電動ポンプは小型ロケットに向いている、と言われています。インターステラテクノロジズという日本のロケットメーカーが、総重量71トン、ペイロード800kg(LEOベース)の「ZERO」というロケットの開発を進めていますが、同社は意図的に電動ポンプを避けています。こちらの記事には、その理由として「今後より大きなロケットを開発していくうえで、今回の開発技術を応用していくために、(電動ポンプではなく)、サイズ的に拡張性のあるターボポンプを採用した」と紹介されています。

電動ポンプ周辺の技術革新

電動ポンプに欠かせないコンポーネントの1つがモータです。こちらの資料によると、電動ポンプに用いられるモータとして現時点で最も一般的なのはラジアルギャップモータで、中でも40kW〜100kWの永久磁石同期モータの採用が主流であると紹介されています。

ラジアルギャップモータは、ロータ(マグネット)とステータ(電磁石)の間に半径方向のギャップを持つ一般的なモータで、自動車・家電等の分野ですでに実用化されています。これは、円筒側のマグネットが電磁石の内側にある構造になっています。

そんな中、電動ポンプ用モータとして新たに注目が集まっているのが、アキシャルギャップモータです。アキシャルギャップモータは2枚の円盤形マグネットの間に電磁石が挟まった構造になっていますが、ロータとステータが平行に配置されるためモータ全体を薄くコンパクトに設計することが可能で、小型化および軽量化に向いていると言われています。

(Source: https://www.fujitsu-general.com/jp/news/2006/11/06-N07-24/index.html)
(Source: https://www.fujitsu-general.com/jp/news/2006/11/06-N07-24/index.html)

こちらの論文によると、90kW出力のモータについて、ラジアルギャップモータの出力密度が15kW/kgであるのに対して、アキシャルギャップモータは21.6kW/kgと約1.4倍になっています。

(Source: https://jaxa.repo.nii.ac.jp/record/49044/files/AA2230015000.pdf)
(Source: https://jaxa.repo.nii.ac.jp/record/49044/files/AA2230015000.pdf)

国内では、アキシャルギャップモータの開発が盛んに行われています。例えば、住友電工は2020年9月にアキシャルギャップモータ用圧粉磁心の開発・量産開始に関するプレスリリースを出しています。圧粉磁心とは軟磁性鉄粉を三次元形状に造形したもので、高い形状自由度と高周波特性が求められますが、同社は独自の粉末冶金技術や絶縁塗装技術を用いて高性能な磁心の開発に成功したそうです。そのほかにも、日立製作所がアモルファス金属をアキシャルギャップモータに用いる等、アキシャルギャップモータ関連技術が続々と登場しています。

モータの種類に加えて、電動ポンプシステムのアーキテクチャそのものについても新たなアイディアが提案されています。例えば、現在実用化されているのは、燃料と酸化剤それぞれに個別のポンプを配置する二軸式電動ポンプ(下図左側)ですが、1つのモータで燃料ポンプと酸化剤ポンプを駆動する一軸式電動ポンプも考えられます。一軸式の強みはシステム全体の重量を低減できる点にありますが、二軸式には二軸式で、個々のモータ回転数を個別に制御し必要流量の調整が容易であるという強みがあります。一軸式の場合、モータの回転数調整だけで流量を最適化するのが難しい可能性があり、その場合はそもそもポンプに新たな調整弁の追加を行う等、部品設計そのものから見直す必要があるとも紹介されています。ちなみに前述の荏原製作所が公表するロケットは二軸式となっています。

(Source: https://jaxa.repo.nii.ac.jp/record/49044/files/AA2230015000.pdf)
(Source: https://jaxa.repo.nii.ac.jp/record/49044/files/AA2230015000.pdf)

電動ポンプに関連する注目技術として、インジェクタも挙げられます。ロケットエンジンにおけるインジェクタとは、ポンプで昇圧された推進剤を燃焼室に送り込む装置で、ロケットエンジンの性能を左右する重要なコンポーネントです。主な役割としては、酸化剤と燃料の混合(均一な混合によって最適な燃焼条件を作り出す)、霧化(微細な霧状にして燃焼室内の反応速度を高める)です。インジェクタは噴射タイプによっても分類することができます。例えば、単流式(燃料と酸化剤を別々のノズルから噴射)、二流式(燃料と酸化剤を単一ノズルから噴射)、スワール式(渦巻き状に噴射して燃焼室内での乱流を増やす)、ピントル式(ピントルと呼ばれるピン状の部品で燃料と酸化剤の流れを制御する)等が挙げられます。2023年にJAXAが公開した研究提案公募テーマの中には、「受動型ピントルインジェクタの研究」という研究課題があります。これは1.7kN級の電動ポンプ搭載宇宙機エンジンにおいて、電動ポンプの供給圧変化に合わせて受動的にインジェクションの噴射角及び孔径を調整する技術の研究になります。ちなみに、ピントルインジェクタはSpaceXが開発したファルコン9に採用されたことで話題を集めました。公募の中にはその他にも推進剤の漏洩を防ぐ弁や流量調整技術の募集があります。

ロケットに使用される部品数は非常に多く、耐高温・耐高圧等、高い技術水準が要求されます。また、今回のレポートでご紹介した通り、新たなコンポーネント(電動ポンプ)の導入に応じて、そのコンポーネントの強みを活かす他のコンポーネント(バッテリー、モータ、インジェクション等)にも技術革新が生まれます。そういう意味では、これまで人類が培ってきたさまざまなものづくり技術を体現する場として非常に魅力的だと感じました。今回はこれで以上とします。

IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。

お問い合わせは、こちらからお願いします。

今回の記事のようなIDATENブログの更新をタイムリーにお知りになりたい場合は、下記フォームからぜひ IDATEN Letters に登録をいただければ幸いです。


©2017 by IDATEN Ventures. Proudly created with Wix.com

Azabudai Hills Garden Plaza B 5F

5-9-1 Toranomon, Minato-ku

Tokyo 105-0001 JAPAN

All rights reserved © IDATEN Ventures
  • Facebook - Grey Circle
  • Twitterの - 灰色の円
bottom of page