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  • Writer's pictureShingo Sakamoto

建設DXを支える技術:Rhinoceros

今回は、Rhinoceros(ライノセラス)という3Dモデリングソフトについて調査を行ってみます。Rhinocerosは、近年グローバルな建築設計シーンにおいてスタンダードなポジションを築きつつあるソフトウェアですが、私のように建設業界の外にいる人間にも、その注目度・価値・歴史がわかる情報がそれほど多くないと感じたため、できる限りわかりやすく紹介してみます。

(Source: https://pixabay.com/photos/arches-architecture-building-1868288/)


Rhinocerosの普及

2019年の記事ですが、国内大手ゼネコンの1社である清水建設株式会社がデジタル活用施策の一貫で、Shimz DDE(清水デジタルデザインエンハンスメント)というコンピュテーショナルデザインプラットフォームを開発した、と取り上げられました。


Shimz DDEの公式サイトによると、コンピュテーショナルデザインとは、「2D CAD(Computer Aided Design、コンピュータ支援設計)で行う単なる図面作成支援ではなく、3Dモデルをベースにプログラミング技術を活用してデザインシミュレーションを行う手法」と定義されています。コンピュテーショナルデザインは、設計プロセスに入る前のビジュアルコンセプトの策定だけでなく、構造解析・環境負荷等のシミュレーションまで含んだ概念と説明されることもあります。


記事内でShimz DDEの中核をなすソフトとして言及されているのが、「Rhinoceros」と、そのプラグインソフトである「Grasshopper(グラスホッパー)」です。追って説明しますが、Rhinocerosの有用性を高めているのはGrasshopperの存在であると言われるほど、両者はセットで用いられることが多いようです。


そんなRhinocerosですが、「Rhinoceros + Grasshopper 建築デザイン実践ハンドブック」という書籍によると、同署が執筆された2014年にはすでに「コンピュテーショナル・デザインの汎用ソフトウェアとして、特に欧米の建築界で普及しつつある」と書かれています。


一方、清水建設が取り上げられた記事には、「ライノセラスとグラスホッパーの組み合わせは、今や世界中の設計者の間で一般的になっている。ところが清水建設を含めた日本の設計者は「Rhinoceros + Grasshopper」というグローバルな潮流に乗り遅れており、欧米より10年遅れているともいわれる。」と書かれています。他のインターネット記事でも、日本は欧米ほど活用が進んでいなかったものの、ここ数年で急速に注目が高まっているという情報がいくつか見られました。


例えば、設計分野におけるリーディングカンパニーである日本設計株式会社でもRhinocerosの活用が進んでいるという記事もありますし、建設各社に人材派遣・アウトソーシングサービスを提供するパーソルテンプスタッフ株式会社のプレスリリースによると、2023年のRhinoceros技術者の派遣受注数は前年(2022年)比150%と急増しているそうです。



Rhinocerosの強みと歴史

Rhinocerosの特徴として頻繁に挙げられるのが、NURBS(ナーブス)という概念です。NURBSはNon-Uniform Rational B-Splineの略で、簡単にいうと複雑でなめらかな曲線・曲面を表現できる数理モデルを指します。ちなみに、NURBSは航空機・自動車業界の技術者によって開発されたモデルであり、建築業界で生まれたわけではありません。航空機や自動車は曲線・曲面が非常に多い構造であり、そのニーズに応える形で誕生しました。


かくいうRhinocerosも建築業界向けにつくられたものではなく、どちらかというと製造業で重宝されてきたソフトです。特に複雑で精密な構造が求められる業界、例えばジュエリー業界では今でも非常に高いシェアを持っています。


Rhinocerosの開発者はRobert McNeelという方です。こちらの記事にMcNeel氏の半生とRhinocerosの誕生秘話がまとめられていますが、Rhinocerosの哲学や特徴を知るうえで大変重要なため、紹介させていただきます。


McNeel氏は学生の頃工学を専攻していましが、卒業後は(父親と同じ)会計士の道を選びました。彼はプログラミングが得意だったので、会計ソフトを自作して販売することで生計を立てていました。ある時、Autodeskからディーラーにならないかと誘われディーラーになります。やはりプログラミングが得意だったMcNeel氏はAutodeskのAutoCADという製品のプラグインを自ら開発し、付加価値をつけて顧客に販売し始めます。そんな中、船舶設計を行う顧客から、より曲線を扱いやすくする機能を盛り込めないか相談されます。このあたりは特に重要なので、記事の一部を抜粋します。


  曲面を扱う工業設計は当時莫大な利益が見込めるCADソフトの新しい投資分野だった。ほどなくしてMcNeelはCADに自由曲線-NURBSをモデリングするためのプラグイン開発を決心した(NURBSは工業設計に必要不可欠なモデリングロジックだが、建築設計に使われる主流ソフトのモデリングロジックはPolygon。曲線や曲面の精度を保証するためには非破壊性を持つNURBS以外を使用することは認められないし、建築設計にPolygonソフトでモデリングすることは破壊的なので様々な弊害がある)。
  しかしAutoCADは周知の通り2D製図のためのツール。AutoCADに3Dモデリング機能は確かに存在するが、NURBSのモデリングロジックを取り込むのが困難だと感じ、AutoCAD上で開発することを断念、一転してMcNeelはAutodeskから独立してNURBSソフトの開発を進めることになる。

ちなみに、Polygonとは3次元空間に設定された3つ以上の点をつないで作った面のことです。Polygonモデリングは、それほど高くないスペックのコンピュータでも処理しやすく、レンダリング(あるデータを処理・演算して画像や映像を表示すること)が容易である一方、点のつなぎあわせで曲面を表現するため、なめらかさに欠け、複雑なデザインを表現しようとすると非常に時間がかかる、という弱点があります。


Rhinocerosは元々AutoCADのプラグインとして開発される可能性もあったのですが、AutoCADの数理モデルでは理想の曲線を表現できないと判断し、McNeelss氏は独自の3D CADソフトをつくる路線を選んだ、ということになります。


1998年に公開されたRhinocerosのバージョン1.0は、販売数が5,000部に到達したそうです。この数値はAdobe Photoshopの初期販売数が200部だったことを考えると非常に大きな数値だった、と記事でも紹介されています。


Rhinocerosの開発・運用を行うのは、McNeel氏が創業者となったRobert McNeel & Associatesです。Washington州Seattleに本社を構える同社は、株式による外部資金調達を行っておらず、Rhinoceros関連収益(ソフト販売・保守・教育等)のみによって運営されているのが特徴です。そして、そういった企業構造もあってか、徹底した顧客中心主義・プロダクトポリシーが窺えます。先ほどの記事でもう1箇所、同社のスタンスを印象付ける重要な箇所があったので引用します。


   1998年のRhino 1.0から最新バージョンのRhino 7.0まで、22年の歴史があるが、新バージョンの更新ごとに3~5年近くの開発時間を要している。しかし、新バージョンでは必ず画期的な機能が搭載されその度に世界中の新規ユーザーを取り込んでいるのだ。

   最も難産だったRhino 6.0はRhino 5.0から更新までに6年近くもかかったが、新機能は増えてもソフトの容量は半分以下まで減少している。それはRhinoが”バージョンを更新するたびにゼロの状態から再開発を始め、尚且つプログラムを全て書き直している”からこそ実現ができる芸当なのだ。

Rhinocerosは複雑な曲線・曲面の表現を得意とし、バージョンアップするたびに表現できる複雑性は上がりつつも、コンピュータにかける負荷は小さくなる、という技術投資に開発者魂を感じます。


Rhinocerosnに欠かせないGrasshopper

Rhinocerosの普及を早める大きなきっかけとなったのが、プラグインツールであるGrasshopperの登場です。


Grasshopperは、一言で表現するとRhinoceros上で動作する、パラメトリックモデリングを可能にするツールです。パラメトリックモデリングとは、長さ・幅・高さ・角度等の設計要素を利用してモデルを作成する方法です。一部を変更すると、それに依存する他の部分も自動的に調整され、設計全体の整合性を保ちながら効率的に変更を加えることができます。


まずはこちらの動画を見ていただくとイメージを持ちやすいと思いますので、ご参照ください。

(Source: https://youtu.be/7ZqxkDhctdg?si=M2GxuCYwiEVsw8d9


設計ソフトではありませんが、UI/UXの観点ではデザインツールFigmaに少し近いかもしれません。Grasshopperはビジュアルプログラミング言語(VPL, Visual Programming Language)であり、コードを書くことなくプログラミングを行うことができます。一方、Grasshopper上でプログラミングコード(例えばPython・C#等)を利用することもできます。例えば、Pythonを使うことによって、Grasshoperのビジュアルプログラミングでは表現が難しい複雑なアルゴリズム構築や計算、オブジェクトのモジュール化による他プロジェクトにおける再利用、バージョン管理等ができるようになります。


GrasshopperがないRhinocerosは、パラメトリックモデリングのできない3Dソフトとなり、パラメータ変更によるモデルの調整が困難になります。


次章でも登場しますが、もちろんパラメトリックモデリング機能は、他のCADソフトにも存在します。例えば、2D/3D CADとして有名なAutodeskのAutoCADにとってのパラメトリックモデリングツールは、Dynamoです。Dynamoは、AutoCADのプラグインであり、ビジュアルプログラミング環境を提供して、設計や建築のプロジェクトをパラメトリックに処理することができます。


他ソフトとの比較

CNCCookbookという調査サイトが、2023年に実施したCADソフトの利用状況アンケートをもとに、シェアをまとめています。以下の結果を見ると、シェアが抜きん出ているのがFusion360とSolidWorksで、AutoCAD・Vectrix、FreeCAD、Autodesk Inventorはおおよそ近いシェアを持っています。そして、Rhinoceros(Rhino3Dと書かれています)も、その並びにいます。

(Source: https://www.cnccookbook.com/cnccookbook-2023-cad-survey-market-share-customer-satisfaction/)


Fusion360は、Autodeskが開発したCAD・CAM・CAEが統合されたプラットフォームです。クラウドベースで利用でき、パラメトリックモデリングもサポートされています。ここでも先ほどご紹介したDynamoというプラグインツールが利用されています。Fusion360には、構造解析、熱解析、動的解析等のシミュレーションツールも統合されています。いくつかの料金プランがありますが、こちらのサイトによると、1ユーザーあたり年間のサブスクリプション費用が約6.1万円となっています。豊富な機能に対して価格が安価であることから、高いシェアを実現しています。


SolidWorksは、Dassault Systèmesが開発した3D CADソフトです。こちらもパラメトリックモデリング、構造解析・流体解析・熱解析等のシミュレーションを実行することができます。用途としては、主に機械部品の設計等に利用されることが多いようです。こちらのサイトによると、1ユーザーあたり年間のサブスクリプション費用が約63⁨⁩⁨⁩万円となっており、Fusion360に比べるとだいぶ高価になっています。


Fusion360とSolidworksは、もちろんさまざまな業界で利用できますが、メインの利用シーンは機械部品設計です。それに対して、建築設計シーンで利用されることが多いのがAutoCADです。AutoCADもAutodeskが開発した2D/3D CADソフトで、こちらのサイトによると、1ユーザーあたり年間のサブスクリプション費用が約7.2⁨⁩⁨⁩万円となっています。


FreeCADはオープンソースの3D CADです。2002年から世界中のエンジニアによって開発が進められており、無償ソフトでありながら、パラメトリックモデリング、解析等、機能が充実しています。こちらのサイトによると、FreeCADはやや玄人向きで、初心者がFreeCADのGUIを使いこなすのは難しいかもしれません。


Rhinocerosはサブスクリプションプランがなく、基本的に永久ライセンス(一度購入したら永久に使える)で提供しています。最新バージョンであるRhino 8商用版の永久ライセンスは1ユーザーあたり18.7万円となっています。


上記のリストには載っていませんが、建築業界で非常に高いシェアを持っているソフトの1つがAutodeskのRevitです。こちらは建築設計に特化した3D CADで、BIM(Building Information Modeling)に対応しています。こちらのサイトによると、Revitは1ユーザーあたり年間のサブスクリプション費用が約45.3⁨万円となっています。


BIMソフトでもう1つ有名なのが、Graphisoftが提供するArchicadです。こちらのサイトによると、1ユーザーあたり年間のサブスクリプション費用が約39.5⁨万円となっています。


建築分野では近年BIMの普及が国からも奨励されており、RevitやArchicadの活用が進んでいます。Rhinocerosの比較対象としては上記2ソフトが妥当かと思いますが、こちらの記事を参考にするとRhinocerosはそれらに比べて3Dモデリング機能が段違いに優れているようです。


とはいえ、Rhinocerosを純粋なCADソフトと比較できるとも限らず、Rhinocerosはあくまで上流のデザインに利用し、そこでつくったデザインをCADソフトにインポートしてより詳細設計をしていく、という使い方もよくあるようです。そういった背景もあり、Rhinocerosは他ソフトとの互換性担保にも注力しており、Rhinocerosで作成した2D/3Dファイルを他ソフトにインポートして再利用することも、その逆で他ソフトでつくったファイルをRhinocerosにインポートして使うこともスムーズにできるようです。


と、ここまでRhinocerosが注目されているという紹介を行ってきましたが、ここからはより細かい業務プロセスや精度差がソフト選定時に重要になってくると思いますので、より専門性の高い方々にヒアリングやディスカッションをさせていただきたいと思います。今回はこれ以上となりますが、この件についてディスカッションをご希望の方がいらっしゃれば遠慮なくご連絡ください。


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