2023年7月4日、AeroEdge(エアロエッジ)という会社が東京グロース市場に新規上場しました。この会社は中型航空機の重要部品を開発・提供する企業ですが、新たな参入市場としてeVTOL(無人・有人の電動航空機)も狙っており、ドローン関連スタートアップの参考にもなると思ったので、上場目論見書を中心に掘り下げていきたいと思います。
(Source: https://pixabay.com/ja/photos/飛行機-フライト-市-着陸-3702676/)
沿革
AeroEdgeは少し変わった沿革を持つスタートアップです。
”変わった”と表現した理由は、AeroEdgeが、創業約80年の老舗メーカー・菊池歯車から2015年にスピンアウトして創業されたためです。菊池歯車は元々自動車・建設機械向けの歯車を製造していましたが、今後のサプライチェーン再編リスク等を勘案した結果、グローバル航空機業界への参入を志し、新たなチャレンジを託す形でAeroEdgeが誕生しました。AeroEdgeが菊池歯車から創業出資を受けてスタートし、2018年・2020年には第三者割当増資を行ったものの、上場申請時の最大株主も菊池歯車(24.41%)です。
同社の最大顧客はフランスの航空機エンジンメーカーであるSAFRANです。AeroEdgeの生命線でもあるSAFRANとの関係をゼロから創り出し、優秀な部品サプライヤーとしてAwardを受けるレベルまで会社を引き上げた立役者こそが、現在のAeroEdge代表取締役社長であり、当時の菊池歯車営業部長だった森西氏です。
何をやっている会社か?
同社は、主にSAFRANに対して、中型航空機向け次世代航空機エンジン「LEAP」で用いられるチタンアルミ低圧タービンブレードを提供する企業です。「LEAP」はAIrbus・Boeing等のTier 1航空機メーカーに搭載されており、従来機種に比べて消費燃料・CO2排出量を15%削減することができると言われています。チタンアルミブレードは、そのエンジンを構成する重要部品の1つです。
(Source: https://www.sbineotrade.jp/ipo/pdf/7409-3.pdf)
「LEAP」の具体的な部品構成は以下のようになっています。AeroEdgeのチタンアルミブレードが用いられているのは6番(一番右側)の部分です。
(Source: https://www.sbineotrade.jp/ipo/pdf/7409-3.pdf)
チタンアルミは、元々ブレードに用いられていたニッケル合金に比べて重量が半分で、強度劣化しにくく、かつ耐熱性が高いという優れものです。一方、硬くて脆いという特徴があり、加工難易度が高いと言われています。
(Source: https://www.sbineotrade.jp/ipo/pdf/7409-3.pdf)
チタンアルミブレードは、ジェットエンジン駆動の(いわゆる従来型の)航空機だけでなく、eVTOL(電動の垂直離着陸型航空機)でも一部採用されているそうです。取引先一覧には、取引量の約9割を占めるSAFRANに加えて、eVTOLを開発する本田技研工業やJoby Aviation等も含まれています。
(Source: https://www.sbineotrade.jp/ipo/pdf/7409-3.pdf)
なお、上図で興味深いのが「35%」という数字です。これはAeroEdgeの「LEAP」エンジン向けチタンアルミブレードのシェアですが、現時点での競合は65%のシェアを持つ海外A社のみとなっています。先ほどご紹介した通り、チタンアルミをSAFRANが認めるレベルの品質で量産できる企業は2社しかなく、こういった寡占状態が生まれているようです。
SAFRANとの関係
AeroEdgeは、そもそもSAFRANとの取引開始がスピンアウトのきっかけになっていることもあり、売上の大半(2022年3月期は92.9%)をSAFRANに依存しています。
そんなSAFRANとの間で結ばれている最新の供給契約期間は2016〜2027年となっており、2023年現時点で残り約4年です。少なくともあと4年は受注できる一方、逆にいうと5年目以降は保証されていないということになります。
また、契約期間であっても、最低発注数量が定められいるわけではない点にも注意が必要です。両社の契約は、「SAFRANがLEAPエンジンの生産に必要なチタンアルミブレードの総量の35%分を契約期間中に渡って、原則として一定の価格で、AeroEdgeに発注すること」が定められているのみです。また、契約期間の自動更新も定められていません。
上場目論見書には「事業上のリスク」という項目がありますが、その中で1番目に挙げられているのが、上記のSAFRANに対する売上依存です。この対策として、今後は低圧ブレード以外の航空機エンジン部品や、新しいモビリティ(eVTOL等)で採用される部品の開発に注力していくと書かれています。
もう1つ、SAFRANとの契約で興味深いのは、「AeroEdgeの材料がSAFRANから無償支給されている」という点です。以下の事業系統図をご参照ください。SAFRANがアルミブレードの加工部分のみをAeroEdgeにアウトソースする形になっています。
(Source: https://www.sbineotrade.jp/ipo/pdf/7409-3.pdf)
そして、上記の点も事業上のリスク項目で触れられています。実際、コロナウイルス蔓延によって世界中のサプライチェーンが混乱したことにより、SAFRANからの材料支給が遅れ、AeroEdgeにとっての生産機会損失が生まれている、と目論見書の中で紹介されています。
マーケットトレンド
2020年以降、パンデミックによって世界中で人々の動きが制限されたことで、航空機業界は大打撃を受けました。一方、もう少し長いスパンで見ると、航空機メーカーの業績はこの20年弱の間、基本的には増加トレンドにあります。
Boeing売上水位(2009〜2023)
(Source: https://www.macrotrends.net/stocks/stock-comparison?s=revenue&axis=single&comp=BA)
Airbusの売上推移(2007〜2021)
(Source: https://www.statista.com/statistics/264357/eads-worldwide-revenue/)
そんな中、ここ5〜6年間に、航空機の需要を力強く牽引しているのが中型機です。Boeingの場合は737MAX、Airbusの場合はA320neo Familyが中型機に該当します。以下の左グラフをご覧いただくと、2017年頃から同シリーズの年間引渡機数が増加しているのがわかります。右グラフの受注残高機数を見てもA320neo Familyが6,427機、737MAXは4,623機と、他機種を圧倒しており、これらの受注残は実質12年強分に相当するようです。
(Source: https://www.sbineotrade.jp/ipo/pdf/7409-3.pdf)
そして、これらの中小型機に搭載されているのが、まさに本日のキーワードでもある「LEAP」というエンジンです。そう考えると、AeroEdgeとSAFRANの契約期間は残りあと約4年ではありますが、約12年の受注残と両社の信頼関係を考慮すると、より長い期間現在のビジネスモデルで成長が続くかもしれません。
ここで、そもそもなぜ中小型機が近年重宝されているのか、少し調べてみました。
まず、航空輸送のスタイルとして、Hub and Spoke(ハブアンドスポーク)とPoint to Point(ポイントトゥポイント)という2つの方式があります。Hub and Spokeは、一般的にヨーロッパ系の航空会社、Point to Pointはアメリカ系の航空会社に採用されやすいと言われています。
Hub and Spokeは、大型機を活用し、主要空港などの大規模拠点(Hub)に輸送を集中させ、そこから中小型機を活用して各拠点(Spoke)に輸送を行います。必然的に乗継ぎが発生します。一方、Point to Pointは、文字通り、出発地(Point)から目的地(Point)に直接輸送を行うため、直行便になります。
どちらが良い悪いというよりは、用途に合わせて使い分けるものですが、それぞれ強みと弱みがあります。Hub and Spokeは、少ない保有機数で効率的に大量輸送ができる一方、乗継便の設定が必要になり、乗客の少ない航路でも乗継便を設定・調整する管理コストが大きいと言われています。
Point to Pointは、まず直行便が基本なので乗客からの評判が高い傾向にあります。航空会社としても直行便を通せるというだけで、宣伝効果があります。Hub and Spokeほど大量の乗客を一気に輸送することはできないものの、代わりに乗継便の調整が不要になるため、需要さえ見込めれば、柔軟に運航本数を増やすことができます。需要の波に合わせて柔軟に運航便数を変えられるため、ロスが少なく、かつ、管理コストが低いと言われています。
Point to Pointは、長距離飛行できる中型機が生まれたことによって利用できるシーンが増えてきました。こちらのサイトでは、今後は基本的にPoint to Pointが増えていくのではないかと予想されています。
航空機製造自体は歴史ある市場ですが、その中でも急速に成長しつつある市場で事業を展開する、というのはスピードを志向するスタートアップにとって1つの重要なポイントだと思いました。AeroEdgeはまさに「LEAP」という需要が急増するエンジンを縁の下の力持ちとして支える独自技術によって会社を成長させてきました。
SAFRANとの取引と資金調達
目論見書によると、同社が(菊池歯車時代に)SAFRANと商談を開始したのは2011年です。そこから契約締結までに2年間を要し、2013年に10年間の取引契約を開始しました。契約締結から、実際にチタンアルミブレードを初めて出荷するまでに3年かかり、2016年に初出荷の日を迎えています。
(Source: https://www.sbineotrade.jp/ipo/pdf/7409-3.pdf)
初出荷の2016年から生産拡大までにプラス2年ほどかかり、2018〜2019年頃に生産拡大・量産体制構築を実施。このタイミングで、エアロエッジとして初となる第三者割当増資を行っています。それ以降の資金調達を、以下簡単にまとめてみました。
【2018年3月27日】
株式種類:普通株式
発行株式数:125,856株
発行価格:17,500円
調達総額:約22億円
時価総額(Post-Valuation):約100億円
引受先:豊田通商株式会社、株式会社日本政策投資銀行、ナイン・ステーツ・4投資事業有限責任組合、株式会社足利銀行、めぶき地域創生投資事業有限責任組合、JA三井リース株式会社
【2018年7月31日】
株式種類:普通株式
発行株式数:5,714株
発行価格:17,500円
調達総額:約1億円
時価総額(Post-Valuation):約76億円
引受先:三菱HCキャピタル株式会社
【2020年5月19日】
株式種類:普通株式
発行株式数:40,000株
発行価格:15,000円
調達総額:約6億円
時価総額(Post-Valuation):約50億円
引受先:DMG森精機株式会社
時価総額が減少していて奇妙だと思いますが、2018年3月27日のラウンド以降、種類株式が何回かに分けて消却されていることが原因です。2020年5月19日のラウンドでは全て普通株のみとなりました。
なお、開示されている業績推移を参照し、資金調達タイミングに近い期の売上高と時価総額を並べてみると、
2018年7月31日ラウンド時点
売上高:15億5,150万円(2018年6月期)
時価総額:約76億円(売上高の約4.9倍)
2020年5月19日ラウンド時点
売上高:21億1,270万円(2020年6月期)
時価総額:約50億円(売上高の約2.4倍)
さらに、2023年6月期の売上高(予想値)と上場時(2023年7月4日)の時価総額(初値)も並べてみると、以下のようになります。
上場時点
売上高:29億円(2023年6月実績見込み)
時価総額:約217億円(売上高の約7.5倍)
上記の中で最も売上高に対する時価総額の倍率が低かった2020年5月は、ちょうどコロナウイルスの蔓延が本格化し始めた時期と重なります。航空機に対する需要見通しも悪化し、難しいラウンドだったのではないかと思います。
また、沿革に関するグラフと照らし合わせると、個人的には、チタンアルミブレードの出荷を徐々に増やしつつ高い品質を維持する、という難しいミッションをクリアした2016〜2017年も非常に重要な時期だったのではないかと感じます。SAFRANの品質期待にしっかり答えつつ、量産体制構築に向けた準備を進め、第三者割当増資も成功させています。試作と量産の間には深い溝がある中、そこをしっかり乗り越えていったのが素晴らしいと思います。
今後の方向性
同社の発展方向性として挙げられているのは、大きく3つあります。
1つ目が、新たなビジネスモデルの構築です。これまではタービンブレードの販売という単発売上が中心でしたが、今後はMRO(Maintenance, Repair, Overhall)への参入を狙っています。チタンアルミブレードは加工が非常に難しく、現在はもし不具合があった場合に取り替えしか手段がないそうです。顧客の期待は大きく、同社は3Dプリンターを活用してチタンアルミのMRO技術を開発しようとしています。もし成功すると、より継続売上が増えていくかもしれません。
2つ目が、前述の通り、新しい売上チャネルをつくることです。他の航空機エンジン部品・ガスタービン部品・eVTOL部品で同社の技術を活かせるパーツがないか、検討しているそうです。
3つ目が、材料開発です。前述の通り、チタンアルミ原料の調達先がSAFRANに限定されているのは、同社にとって経営リスクの1つです。ここから脱却するため自らチタンアルミ材料の開発を行い、より低コストで扱いやすい材料の供給を目指しています。
今回はこれで以上になります。改めて、航空機・ドローン関連スタートアップの事業開発の参考になれば幸いです。
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